忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

『クリスマス』(交地22本文サンプル)

交地22新刊『クリスマス』のサンプルです。スプリングに累するパロで、法孔です。



朝の空気がまだ薄ら寒く感じる春の半ば。卒業に必要な単位は既に取りきっていたし、大学卒業後はそのまま院に進もうと思っていた法正は、同学年の他の学生よりも幾分余裕を持って日々を過ごしていた。しかし同学年といっても、法正は現役で入学した彼らより三つも歳上だ。最初は別の大学に現役で入学したのだが、ここでは志を全うできないと三年の時辞め、翌年今の大学に入学したのだ。やはりこちらの大学こそが自分の求めていた場所だという満足感から、精神的に余裕が生まれているのかもしれない。
そんな法正は、生来の報恩報復精神から、師事している教授の授業くらいは出てやるかと、朝も早い一限から専門棟にある小さな教室へ向かっていた。学生は余程の授業でない限り、早起きを強制される一限の授業は避ける傾向にある。もとからマイナーなジャンルの学問でもあるし、正直その授業を受けるのは自分一人だろうと法正は半ば確信を持っていた。現に去年の同じ題目の授業は、比較的出席しやすいと思われる二限であったにも関わらず、受講者は法正とゼミの先輩二人の三人ぽっちだった。今年、ゼミに三年生は入ってきていない。受講者は自分一人だろう、考えるまでもなくそんな予測がたった。
大教室と物置の間にある重い金属製のドアを開ける。暗い教室が待ち受けていると思っていたが、蛍光灯のうすら白い光と共に、なんと人がいるではないか。会議室のように長机が四角く配置されたその一辺を陣取る人物。夜のように黒い髪と、透けるような白い肌。成人男性として肉の薄い身体は女のようだが、口元にたくわえた三筋の髭がこの人物を男たらしめていた。四年にもなれば同じ学科の同じコースの人間はあらかた知っているのだが、見慣れない男だ。
強い朝日を避けるようにブラインドを下ろした室内で、男は読書に励んでいた。ページを一枚めくる動作からしても、見るからに神経質そうだ。
男の斜向かいになる机にどんと音をたてて荷物を置く。
「見ない顔ですが、この授業を取るつもりですか?」
空き教室で読書に耽るにしても、こんな朝早くにそれは無い。確認のために話しかけたのだがその声に、ああ話しかけられたのかとばかりに男はゆっくりと顔をこちらへ向けた。この部屋で、あなた以外に俺は誰に話しかけたと言うんだ。
「ええ、そのつもりです」
応えるその声は穏やかな水面を思わせた。ずっと聞き続けていると眠ってしまいそうな声音だが、存外嫌いではない。
「三年生ですか?」
「いいえ、四年です。ですが、コースが違うので、見覚えがないのだと思います」
驚くのは今度はこちらの番だった。
「四年にもなってわざわざ違うコースの専門科目を取りに来たんですか。それも専門二を」
うちの学科は五つの専門コースから成り立っている。一、二年の頃――教養とか専門科目一を受講している頃――なんかは皆所属コース以外の授業も取るものだが、基礎知識を持っていることが大前提で、より学問を突き詰めていく専門科目二になれば、大概自らの専門コース以外は受けなくなる傾向が強い。
そういうことから、見慣れない男は大層奇特な人間だということが分かった。
と、そこで再び鉄の扉が動いて教授が姿を現れた。教室にいる顔を確認すると教授は奇特な男に「諸葛亮くん、久しぶり」と声をかけている。そこで初めて、俺は目の前の男の名前を知った。
「さて、この人数なら授業は私の研究室でやろう。その方が資料を運ぶ手間がはぶけるし」
よしよしと、俺と諸葛亮という男二人の素性を知っている教授は一人とんとんと話を進めて、さあ行くぞと一声、さっさと教室を出てしまった。研究内容は素晴らしいのだが、どうもやはり人間性は微妙な教授だ。
研究室へ向かう途中、諸葛亮が声をかけてきた。
「あの、間違っていたら申し訳ありません。もしかして、お名前は法正殿でしょうか?」
「……その通りですが、何で俺の名前を知ってるんです?」
聞かれたことにぎょっとしてしまった。さっき会ったばかりの男に二度も驚かされるとは。
「以前先生から、悪党に見えて本当は善人なゼミ生がいると聞いていたので、あなたに会ってもしかして、と思ったんです」
何が面白いのか、そう言いながら諸葛亮は柔らかく微笑みかけてくる。
「諸葛亮殿、ひとつ訂正しておきます。たしかに俺の名前は法正ですが、悪党に見えて本当は善人というのは間違いです」
訂正しながら、自分でもいつも以上に眉間に力が入っていることがわかった。俺が善人だなんて、何を以てして評しているのかはわからないが甚だしい冗談だ。人のあずかり知らぬ所で誤報を拡散する教授には、後で何らかの報復を行う必要があるだろう。報復内容を考えていると、その報復対象から小さな笑いと朗らかな声が上がった。
「二人しかいない授業だから仲良くするように言おうかと思ってたが、もう十分仲良しみたいだな。」
よかったよかったと一人頷く教授に、だから何故そうなるんだと、俺は声を大にして言いたかった。
こうして前学期のとある専門科目が始まったのだが、そのうちにある出来事が起きた。
前学期も終わりに近付いた七月の末。なんと俺はインフルエンザにかかってしまったのだ。幸い、昨今懸念されている新型ではなく、冬に流行する季節性のものだったのだが(ウイルスが消滅するわけではないので夏でもかかることがあるらしい)、インフルエンザともなれば強制的に出席停止である。夏の鬱陶しい蒸し暑さの中、茹だる頭でゼミの教授に電話をかける。何を話したのかよくわからないのだが、「わかった。よく休めよ」と言われ電話を切ったのだけは覚えている。熱が高いのかとにかくだるい。食事をとることもままならず、熱に引きずられるように、目を閉じた。

《続く》

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © ステルススクラップ : All rights reserved

「ステルススクラップ」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]