忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第六話(5月27日前回まで分収納)

天候よろしく、うららかな陽光差し込むある日のこと。司馬懿を慕って、曹丕の国に二人の若き将がやってきた。一人は、切れ長の眼に引き結ばれた唇、烏のように黒い髪、青を基調とした衣を細身にしっかりと着込んだ、司馬師、字を子元という男。もう一人は胸元をざっくりと開いた衣装に、少し茶色みかかった髪、幼さもまだ感じられるような愛嬌のある瞳を持つ、司馬師よりも大柄な、司馬昭、字を子元という人である。



父に連れられ二人は、つい先ほど、これから君主として忠誠を誓う人物への挨拶を済ませたところであった。



「お前たちの話は仲達から聞いている。期待しているぞ」



表情からはあまりかわらないが、喜んでいるらしいことは声音から二人にも感じられた。なるほど、これが中華大陸に覇を唱える人物かと心のうちに感心をしたその矢先。




「詳しいことは仲達から教われ。では私は孔明を探しに行く――――仲達、孔明を見なかったか?」




「……今朝はまだ見ておりませぬ」
「そうか」
父とそれだけやりとりを交わすや玉座を立ち、いそいそとどこかへ消えて行ってしまった。この様子にすっかり慣れてしまった司馬懿こそ呆れて溜め息をつくくらいであるが、初めての対面でこんなのを見てしまった司馬兄弟はキャラに合わず呆然。俺が言うのも何かもしれませんけど、と恐る恐る口を開いたのは司馬昭。
「こんな適当で、本当にイイんですか?」
ちらりと父の方を向いたが、答えたくないのか、父はそのよく回る首を思い切り右に向けて、うららかな空を遠い眼で見ていた。





「――――ところで父上、一つお聞きしてもよろしいですか?」
ふいに、先ほどまでむっつりと黙り込んでいた司馬師から声が上がった。何だ、と司馬懿がそちらを振り向けば、その表情を見て思わずハッとしてしまった。細い眉をきりりと引き締め、普段は怜悧である瞳を子どものように溌剌とした期待の色で染め、熱っぽく頬を紅潮させ、息も少し荒く、およそ今までこのような顔は親族ですら見たこともないというような顔で、「先ほど曹丕様のおっしゃった『孔明』とは、もしやあの‥!?」と司馬師は父に問いかけてきた。長男のそんな有り様を見て、司馬懿は思わず、しまったと心の内で毒づいた。しかしそんな父の様には気付かないのか、司馬師は熱っぽい口調で質問を続ける。
「あの、姓は二字姓で諸葛、名を亮、字を‥」
「……そうだ、その孔明だ」
司馬懿が呆れながら答えてやると、「おお!あの孔明殿が‥!」と興奮の境地にいた司馬師は、まさに天に召される至福の極みのような表情を浮かべた。




司馬師は、父の司馬懿にその知謀、性格、高笑い等が非常によく似た有能な人物である。むしろ父ほど激情家ではないところを見れば、司馬師の方が性格的に落ち着き、優れているともいえよう。しかし、そんな司馬師のたった一点の落とし穴が、極度の肉まん好きという点だった。普通に肉まんが好きというならともかく、司馬師の場合はもう肉まん狂というほどに肉まんを愛し、西に評判の肉まん屋が上りを立てればそちらへ向かい、東に流浪の肉まん売りが現れればそちらへ走る、肉まんのために東奔西走、遂には会稽版肉まんミシュランを自作してしまったほどの肉まん馬鹿なのである(ちなみに唯一の五つ星は東の市にときおり現れる肉まん売り兄弟の肉まんらしい)。この見境のない肉まん馬鹿っぷりは司馬懿も呆れざるを得ないところである。「孔明殿と親しくなった暁には、ぜひともその手で作られる肉まんを食べてみたいものだ」とか「きっと肉まんのようにしっとりと張りのある白い肌をしているのだろう」とかそんなことをいう兄に、父は「孔明を肉まんに例えるな馬鹿者!!」と本気の怒声を上げるものだから弟は思わずやれやれと溜め息である。




「おや、そこにいるのは司馬懿と、‥‥誰だ?」




司馬一族の喧騒の中、風に髪をたなびかせ、書簡片手にやってきたのは周瑜。司馬懿が、今日から登用されるうちの息子だ、と律儀に紹介してやると「こんなに大きな子どもがいるなんて、年齢詐称してないか?」と失礼なことを周瑜が言うものだから「詐称なんてしていないわ馬鹿めが!」と司馬懿の眉間の皺は寄ったままである。




「ところで孔明がどこか知らないか?」




司馬懿の怒りなんぞどこ吹く風な、そんなふいの周瑜の問いかけにおや?と思ったのは司馬昭。
「あれ?周瑜殿も、孔明殿をお探しなんですか?」
「その口ぶりは、君たちも孔明を探していたということか?」
「いや、俺たちがっていうか、曹丕様がお探しのようで‥」
すると「こんな所で皆さん、何をしているんですか?」と颯爽と四人の前に陸遜が現れた。「諸葛亮先生を探しているのですが、多少なら貴方がたのお話を伺えますよ」と、何故か上から目線な物言いをしてくる。いや、私たちも孔明を探しているところなんだと周瑜が言えば、現場はおや?という空気に包まれる。すると今度はその場へ「皆さんお揃いで、何のご相談中ですかー?」とにこにこ顔の馬岱がやって来る。比較的孔明に気に入られている将の登場に、これ幸いと、周瑜を筆頭に孔明の居所を知らないかと問うてみたが、馬岱の表情は急に曇ってしまった。



「うーん。さっきから俺も探してるんだけどねー、全然見つからないんだよねー」



困った困ったと肩を竦める馬岱を見て諸将の脳裏を、まさか‥という嫌な予感が掠めていった。いやでもしかしそんなことはないだろう、と心を強く持とうとしていた所へ現れた趙雲に同じ質問をしてみると、やはり眉を寄せ、首を捻り「そういえば今日はまだお会いしてませんね」と、もはや恐怖としか思えないセリフを呟く。いやいやいやいやまさかそんな、そんなことはあるまいと集う諸将は必死に一抹の不安をぬぐい去ろうとする。そして誰が言い出したか、そうだ凌統なら孔明の予定も把握してるのではないかと、ああなるほど大都督である凌統なら軍師である孔明の予定も知っていようと納得しようとしていた、そこへ。




「あれ?これだけ人がいるから諸葛亮さんもいるかと思ったんだけど、ひょっとしていませんかね?」




と、噂の凌統がひょっこり顔を表してしまった。しかも勝手に一縷の望みを託していた凌統が、なんと孔明の居場所を知らないことを宣言しながら登場してしまったのである。「凌統殿、孔明殿の予定とか知りませんか?」と恐る恐る趙雲が聞いてみたが、「いいえ」と実にさらりと答えられてしまった。





「………………。」





顔を見合わせる諸将の表情は皆一様に青ざめている。恐れていた事態が一気に現実味を帯びてきたことに脂汗がどっと出てきた。






「孔明殿が消えたーーー!!!!」






回廊にこだまする司馬師の絶叫。
その前にお前何者だ!?とほぼ全員からツッコまれたのは言うまでもない。








ついに司馬兄弟が出てきたのに、なんと孔明は行方不明。孔明は一体どこへ行ったのか。しかしまず孔明は自主的にどこかへ行ったのか、それともまさかの誘拐なのか。尽き無い疑問はあるものの、次回、孔明探しに皆奮戦。しかしよく考えたら司馬兄弟は孔明の顔を知らないんじゃないだろうか。





孔明が行方不明。一体何があったのか。拉致か、誘拐か。それとも自分からのお出かけなのか。諸将の心は疑念渦巻いていた。自主的な外出なら良いが、万が一、第三者による拉致事件だった場合は一刻を争う事態である。南蛮旅行の際には孔明の貞操を狙う不埒者の存在がはっきりと明らかになったのだ。もし、万が一、億が一、兆が一、孔明がその暴徒に誘拐なんぞされていたならば孔明の純潔が奪われる恐れがある。


なんとしても孔明を救うのだ!


諸将の心はまさに一貫になった。そう、『ひょっとしたら悪漢から孔明を救った後、それまで恐怖に染まっていた黒の瞳が、熱く潤み「助けてくれてありがとうございます…なんとお礼を申し上げたらいいか…」と我が腕の中で告げてきて、そして頬をほんのり桃色に染め、花弁のような唇が「貴方のことを、好きになってしまったかもしれません」とはにかみながら告白してくる』という吊り橋効果的な妄想を一様に繰り広げるほど、諸将の心は団結していた。


と、悩める諸将の中から、ふとこんな声が上がった。月英なら孔明の居場所を知っているのではないか、と。
なるほど孔明の夫(つま)である月英ならば孔明の居場所を把握している可能性は高いだろう。しかしその意見に否を唱える声が出た。

「月英さんは、朝一番から虎戦車の材料集めに会稽を出てます。」

朝のメンテで破損を見つけたとかで、材料の木から自分の目で確かめなくちゃ気がすまないって、寝てるとこ叩き起こされてそんな報告を受けました。と凌統は言う。
それに対して、何で月英の行方は知っている。と、諸将は思わずため息である。自分たちが知りたいのは嫁の方である。
するとさらにまたどこからともなく声が上がった。ならば姜維はどうだろう。なるほど孔明の公式的な一番弟子であり、孔明にストーカーをしても唯一咎められない(「丞相の全てをこの目に焼き付けたいのです」で言い逃れできるため)姜維ならば心得ているかもしれない。姜維なら書庫にいたぞ、という目撃情報も上がり、諸将は急ぎぞろぞろと書庫へと向かった(後にモブ将曰わく「大の男があんなに鬼気迫る顔でぞろぞろと歩く様子はまさに異様でした」)。


「姜維!お前がいることはわかっている!大人しく孔明の居所を教えろー!」


勢いよく書庫の扉を開けながら第一声、周瑜の朗々たる声が響き渡った。
そしてその次の瞬間、孔明を探し隊の面々の前に、姜維が上から落ちてきた。
ドターン!という派手な音と共にはらはらと舞い落ちる塵。とさらに、塵に紛れてひらひらと降下する数枚の少し大きめの紙。何かと思って周瑜がそのうちの一枚を手にしようとしたその時、刹那の速さで姜維がその紙を引ったくった。
「ギャー!!違います!違いますっ!ここここれは丞相関連のものではありません!!!」
「騙されませんよ!口ではそう言って、実はこれは諸葛亮先生の淫らな写真…」
「……仙書の一部ではないか」
姜維の手から漏れた紙を拾った司馬懿が言った。
え?と改めて陸遜がその紙を見てみる。材料と分量と手順と…なるほど間違いなく仙丹か何かの作り方を記した物である。
「おかしいですね。私の考えでは××を咥えて至悦の表情を浮かべた諸葛亮先生の姿が…」
「なんというもんを妄想していたんだ!!伏せ字で喋るな!!」
荒ぶる陸遜の妄想を周瑜が力尽くでかき消しているのを無視し、司馬懿は冷静に、姜維に今回の事件のあらましを説明した。


「じじじょじょじじ丞相が、ゆゆ行方、行方不明??!!」


途端に姜維の顔から血の気が引いていく。肌色から青へ、青からさらに紙のような白へ。血の気が引きすぎて貧血間近である。
しかしそんな姜維の顔面劇場に、司馬懿は全く一端の興味も示さず舌打ちをした。弟子なら孔明の居場所を心得ているかと思ったら無駄足だったと、早くも次の捜索ポイントへ移ろうとしている。
と、そこへ待ったをかけた者がいた。曰わく、月英も知らない、姜維も知らないとくればこれは本当にどこにいったのかアテがない。となれば全員で手分けして探すしかあるまい、と。
「なるほど一理ある」
雁首揃えてぞろぞろ歩き回るよりはるかに効率がイイだろうと、一同納得したところで割り振りにかかる。捜索ポイントは大きく分けて宮城内、市街、城壁外の三カ所である。自己申告で、宮城内を陸遜、姜維、司馬懿が。市街を周瑜、凌統、司馬師。城壁外を趙雲、馬岱、太史慈、司馬昭がそれぞれ担当することになった。
面子を改めて見渡した周瑜が一言。
「……太史慈、いつからいたんだ?」
「最初からいたでござる!」
その発言に怒りを通り越して涙が出てきた太史慈。そうである、実は太史慈はちゃんと最初からいたのである。月英はどうだとか姜維は知っているのではないかとか、そう提案したのだって全部太史慈だった。しかし地の文でしか登場しなかったためにどうにも存在感が薄かったのである。
「まァ、人手は多いに越したことはない」
そして司馬懿があっさりと太史慈の出番を奪う。
(それに太史慈なら孔明を見つけたところで、どうもこうもしないだろう…)
司馬懿はそう思ったが、図らずもこれは太史慈などの一部の将を除く、孔明を慕う武将たちが一様に思っていることであった。彼らは勿論、第一に孔明の身を案じている。しかし次点の領域では、孔明を見つけた後からのフォーリンラブを狙っているのである。ありがとうございます仲達、なんとお礼を言ったらいいのでしょう、と頬を桃色に染め、瞳を潤ませた孔明を妄想する司馬懿くらいならまだいい。陸遜の妄想に至っては既に孔明は妊娠している。
「あの~、スイマセン…」
思い思い繰り広げられる妄想を、ふいに中断させたのは司馬昭。申し訳なさそうに眉の間に谷を作り、一言。


「孔明殿の顔…、知らないんですけど……」


弟の言葉に兄も、言われてみればと相槌を打つ。
「私も実際に尊顔を拝したことはないな。……しかし想像はできているぞ、きっと肉まんのように白くしっとりとした肌で……」
「待ってください!どなたか存じませんが、丞相を肉まんに喩えるなんて失礼にも程があります!確かに丞相の肌は大変白くしっとりしていますが、それは百合のように白く、陶器のような滑らかさで…」
「お二人とも。お喋りだけでは、孔明殿は見つかりませんよ?」
いつまでも続きそうな姜維と司馬師の言い争いに終止符を打ったのは趙雲。いさかう二人の間に割って入るや、ぐいと力尽くで物理的にも二人の距離を広げた。その表情は、この場を治めようとするきりりとした微笑を湛えてはいるものの、その薄ら笑みの下からは「早く孔明殿を探しに行きたいんだからケンカもいい加減にせんかボケェ」というどす黒い本心が七割方漏れ出している。自称元祖孔明のボディーガードとして、孔明の安全を確保したいのは仕方ないことかもしれない。
「よし、私が精巧な孔明の似顔絵を描いてやったからこれを持っていくがいい。」
周公瑾は音曲だけでなく絵画にも秀でているのだ。
そう言ってずいっと似顔絵を差し出してきたのは周瑜。押しつけられた似顔絵を見た司馬昭は、その出来に言葉を失った。どれどれと覗き込む、此方も孔明の顔を知らない司馬師もまた弟と同じく絶句した。ちらり、とその手元を覗き見た司馬懿は一言。


「…………似ていなくはないぞ」


ぼそりと呟いた父の言に、息子たちはまた驚きで声を失うのであった。
「では各自散って諸葛亮先生の発見に尽力してください!」
いつの間にか仕切り役に回った陸遜が上から目線で指示を出した時、またその腰を折る男がいた。
「殿にはこの事を知らせなくていいのでござるか?」
太史慈のその言葉を聞くと、頭によぎる常の曹丕の行動。孔明孔明呼びながらうろうろうろうろ…。ちゃんと仕事をしろ!と、一度物理的に椅子に縄でぐるぐると縛り付けてみたこともあったが、その椅子をくっつけたままの姿で孔明を求めてうろうろしだした時はもう頭をかかえたものだ…。眉間に深い谷を作った司馬懿は一言。
「…………放っておけ」
「……懸命ですな」
そんなこんなで国を挙げての孔明捜索が開始された。


さて此方は司馬懿と姜維と陸遜が担当する宮城内。

「何故ずっと私の後をついてくるのですか、姜維殿?」
「貴方が不埒な事をしないか見張るためですよ、陸遜殿」

回廊を小走りで進む影が二つ。カツカツと軽快な足音が辺りに響き渡る。

「貴方も随分と失礼なことを言う方ですね。私みたいな真面目な人間に向かって、不埒な事だなんて」
「ではどうして最初に向かうのが丞相の私室なんですか!?」

孔明の私室といえば弟子の姜維ですらおいそれとは入れない場所である。それこそ孔明から「今日は御苦労さまでした姜維。お茶でも飲んでいきませんか?」と誘われた時とか、「ちょっと私室に忘れ物をしてしまったので取りに行ってきますね」という孔明に「私が取ってきます!丞相はどうぞ作業を続けてください!」と代わりに取りに行く時に入れるくらいである。弟子の姜維ですらほとんど足を踏み入れられないのだから、陸遜ならなおさらだろう。そんな聖域に真っ先に狙いを定めるとは、不埒目的以外の何だというのだろうか。
「手掛かりを探すために決まっているじゃないですか」
いいですか、と足を止めずに陸遜は言う。城内で諸葛亮先生がいそうな場所といえば私室か仕事部屋か書庫です。書庫は貴方が陣取っていましたし、仕事部屋の方は先に私が諸葛亮先生の椅子を温めていましたが、諸葛亮先生は現れませんでした。ということは、拉致されたとしたら必然的に私室ということになります。ならばそこに何らかの痕跡が残されているとは思いませんか?
途中聞き捨てならない言葉を発したような気がしたが、姜維がそれを指摘する間もなく、二人は孔明の私室へと辿りついた。そして扉を開ける前にちらり、と陸遜は姜維を一瞥して一言。

「主観的な感想のみでヒトを判断しようとするなんて、諸葛亮先生の『自称弟子』としてはどうなんでしょうね」

的を射た陸遜の指摘に思わず姜維も言葉に詰まってしまった。確かに自分は今までの陸遜の奇行、変態的行動ばかりを想起して、この陸遜の行いを「不埒」に直結させた。しかし言われてみれば孔明の私室に向かう陸遜の理由は至極論理的で真っ当である。闇雲に手がかりもなしに探しまわっても、いたずらに疲れるだけだろう。
いざという時に感情に左右されてしまい、挙句の果てにはそれを陸遜に指摘されるなんて……と、ちょっとヘコむ姜維であった。
が。


「これは諸葛亮先生の湯飲み!いざ間接ちゅ…!」

「!!陸遜殿!丞相の湯飲みに何を…!」

「決して間接ちゅーのみをしようとしていたのではありません!この湯飲みに何も入っていないところを見てとると、諸葛亮先生は今朝はまだ此方にはいらっしゃっていなかったのではないでしょうか?!」

「…………。」


『間接ちゅーのみをしようとしていたのではありません』と、完全に間接ちゅーすることを肯定した上で、それを打ち消すくらいの勢いの正論で覆い隠す。

……だんだんに、この腹黒男の手口が分かってきた。

さらにそこでダメ押しに、「これは!!諸葛亮先生の部屋着…!」と興奮しだした陸遜を見て、やっぱりコイツは信用ならんと改めて確信した。
「丞相の部屋着に触らないでくださいっ!!」
「私は部屋着に温もりが残っていないかを確かめていたところです!夕べも諸葛亮先生は城にお泊りになられたでしょうから、拉致から時間が経っていなければ温もりが残っているとは思いませんか?!」




姜維が陸遜の変態行動を阻止しようと躍起になっている頃。一方の司馬懿は、二人と同じ宮城内にいながらも全く違うところを捜索していた。しかしその姿は、常の堂々とした態度とは異なり、いかにもこそこそと、明らかに誰かに見咎められないかを気にした様相、で辺りを警戒しながら回廊を歩いていた。早足で、しかし決して足音は立てず、熟練の間諜を思わせるようなその足取りで向かった先はとある部屋。素早く錠を外すや滑り込むように部屋へ侵入、すぐさま内から鍵を下ろす。と、ようやく一息つけたとばかりに、はぁーと深い深いため息を一つ。

司馬懿が訪れた部屋とは他でもない、「例の監査」に出る際の変装道具を置く小道具部屋であった。この部屋の存在を知っているのは、監査の仕事を依頼してきた凌統を除けば後は司馬懿と孔明だけ。しかもこの部屋の鍵を持っているのは司馬懿と孔明のみ。つまり司馬懿の他にこの部屋を調べる者はいないのである。
薄暗い室内は昼でも灯りを点さねば視界が効かぬほどで、そのために一歩踏み込めば、灯りの点いていない時点で孔明がこの部屋にいないのは明白だった。万が一の可能性を考え来てみたが、ここにもいないとなるといよいよ孔明は宮城の内にはいない可能性が高くなってくる。
(まったく、一体どこをほっつき歩いているんだ孔明は…!)
孔明失踪の痕跡を掴めずいら立ちばかりが募る。この場に居続けても仕方ないと、引き上げようと扉に手をかけようとしたその時。


「以前此方の方に諸葛亮先生が来たのを見たことがあるのですが…」


ぴたり、と司馬懿の手が止まった。
外に、誰かがいる…。
空中で静止した手のひらにじんわりと汗が浮かぶ。誰がいるのかは声でわかる、同じく宮城内での孔明の捜索に当たっている陸遜と姜維だ。何であの二人はこんな辺鄙な所まで来ているんだ…!

「見間違いだったんじゃないですか?ここは回廊の外れですし、使っていない部屋しかないじゃないですか」

よし、その通りだ姜維。わざわざ人もほとんど訪れないようなこんな城の外れまで出向く方がおかしいのだ。孔明の弟子というのならばこんな小僧さっさと言いくるめんか馬鹿めが!


「…いえ!むしろ誰も訪れない所だからこそ、諸葛亮先生を拉致監禁するのではないでしょうか!?」


少なくとも私ならそうします!と力説する陸遜に、姜維も姜維で「た、確かに…!」と衝撃を受けたような声を上げている。
「つまりこの部屋の中では、猿ぐつわをされた、あられもない諸葛亮先生が私の助け今か今かと待っている可能性が!」
「じょ、丞相~!!今、今、お助けします~!!!」



(こ、の、馬鹿ものどもめが~~~~!!!!)



今すぐこの扉の前の馬鹿どもをぶん殴ってやりたい…!しかし、今この部屋を出てはこの部屋の存在、ひいては監査の事実、正直なところ孔明にコスプレさせていた事実がバレてしまう…それだけは何としても避けたい…!

如何にしてこの開かずの間を開けようかと苦心する二人をよそに、扉一枚隔てたところで、司馬懿は静かに怒りを溜めていた。そしてこの一件が解決したら、絶対に孔明を詰って詰って詰り倒してやろうと心に誓った。


しかし、ここでふと司馬懿は我に返った。奴らがこんな辺鄙な部屋まで出向いたということは、おそらく宮城内に孔明はいないということだろう。

孔明の行方は、外に出た息子のうちどちらかが見つけるはずだ。孔明捜索は息子たちに託すことにして司馬懿は、この苛立たしい事態を無言で乗り切ることを決めた。


そして此方は司馬懿の長男が他二名と共に捜索をする都城内。辺りにはひしめく善良な民たち。物売りの声に、道行く人々。曹丕による善政のお陰で、都城は今日も活気と熱気、そして人で溢れかえっていた。
しかし宮城内よりもはるかに広い捜索エリアでありながら、ここの捜索を担当する司馬師、凌統と周瑜は、三人でまとまって捜索を行っていた。


というのは、当初それぞれ三方に別れての捜索をしようとしていた。しかしここで問題が二つ。一つは、司馬師が孔明の顔を知らないこと。もう一つは周瑜の孔明不足が深刻化してきているのか、胡乱な眼差しで「孔明…孔明…孔明…」とぶつぶつ呟いていること。こんな状態の周瑜が万一、一人で孔明を発見しようものなら、孔明の身に口にするのもはばかられるような事態(つまりはレ○プである)が起こり得ることは安易に予想できる。
そのため、大変非効率なことだが三人まとまっての捜索を余儀なくされているのだ。
大の大人×二のお守りをしているような凌統は、ただただ大きな溜め息をついた。

(せめてあと一人でもいたらな…)

そうすれば二手に別れることができて、お守りの苦労も二分の一になったろうにと、しかしそう想像を巡らせたところで詮無いことである。


「む。これは残念。今日もまた肉まん売りには会えなかったか…」


そう声を上げるのは新人の司馬師。司馬師について行くように捜索していたら、知らぬ間に東門の前まで来ていた。
「大都督殿、ご存知ですか?此方には時折、行商の肉まん売りが訪れるのですよ」
知ってるも何も、その肉まん売りが現れることになった元凶こそ自分である。東門の肉まん売りとは仮の姿、正体は凌統の密命を受けた司馬懿と孔明なのだ。

しかしそんなことは微塵も顔に出さないよう、努めて平静を装いながら凌統は「そうらしいっすねー」と、さらりと返す。どことなく目が泳いでいなくもなかったような気がするが、気にしてはダメだ。
だが、ここで凌統はとある非常に大事なことに気がついた。

「……ひょっとして、司馬師さんって常連だったりします?」

海内一の肉まん狂と称しても異論はないほどの司馬師である。通いつめて常連になっている饅頭屋の一つや二つはあるだろう。諸葛亮の顔は知らないが、東門の饅頭売りの顔は知っている、という可能性もあるやもしれぬ。もしそうだとしたら少々厄介なことかもしれない……。
「残念ながら、常連ではありません。これは恥ずべきことなのですが、むしろ直にお目にかかったことすらないのです」
「?それって…、つまりはどういうことですか?だって、肉まんは食ったことがあるんでしょう?」
肉まんは食べたことがあるのに、饅頭売りに会ったことはないとはこれ如何に。
凌統の頭に疑問が渦巻くがしかし、答えは実に単純なことだった。


「実は、私が肉まんを買いに行きますと、いつも店がやっておりませんで。」
父が土産だと言って持ち帰ってきたものしか食べたことがないのです。店主に会ったこともないとは不甲斐ないと思ってはいるのですが。


と、司馬師は己の不運を嘆くが、その説明で凌統には全てが腑に落ちた。おそらく、司馬懿が監査中に(=孔明とコスプレ中に)、息子が現れぬようしっかりと情報操作をしているのだろう。他人ならいざ知らず、血を分けた息子相手では多少の造作の機微、雰囲気、言葉の端々、何がきっかけで正体が露見するかわかったものではないと踏んでか、監査に出る日にあえて東門と全く違う方向に行く用事でも与えることで接触を避けているのかもしれない(単にコスプレしている様を実の息子に見られるのを嫌っただけかもしれないが、あえてそちらの理由ではないと信じておこう)。

(なんつーか…、えらいご苦労なこって……)

並々ならぬ司馬懿の無駄な苦労を鑑み、人知れず凌統がため息を漏らしていたその時。突如、周瑜が動いた。美周郎と賞されるその面をきりりと引き締め、眼光鋭く言い放った。



「――――孔明の残り香がする…!」


「……は?」



爛々と灰色の瞳を輝かせる周瑜に凌統は呆気にとられてしまったが、しかし周瑜はそんなこと全く意に介さないようで、すんすんと鼻を鳴らしながら、残り香の強い所を探しているようである。世の人々に伝えたい、これが美周郎と呼ばれる人である。

ここが一番孔明の匂いがする、ととある一点で周瑜は立ち止まった。そここそまさに、孔明と司馬懿の引く行商屋台の設置される場所であった。私には肉まんの残り香がしますが、と告げる司馬師に、失礼ながら申し上げるが、君は鼻がおかしいのではないか?どう匂ったらこの芳しい花のような香りが肉まんになるんだと周瑜は返す。しかし現に私には甘く芳醇な肉まんの香りが漂います、と司馬師も一歩も引く気を見せない。
「まぁまぁ、落ち着いてお二人さん…」
犬かよ二人とも、と心の中で思いながらも顔には出さず、両人の肩を叩いて宥める凌統だけが唯一、二人ともその言に間違いはないのを知っている。しかし決して言うことはできない。言ったら最後、喧々囂々侃々諤々大喧嘩が起こるのは目に見えている。
「いいや!これが落ち着いていられるか!可愛い孔明の清らかな香りが、肉まんと同じと思われては黙っていられん!」
「それは此方の台詞だ!この世の至宝ともいえる肉まんの甘く豊かな香りがわからないとは、失礼ながら貴殿の鼻は、馬鹿なのではありませんか?」
「何を?!」「言わせておけば!」と往来のど真ん中で今しも殴り合いでも起こしそうな二人の喧騒に、割って入るべきか否か凌統が逡巡していると。



「――――お取り込み中の所申し訳ありません。そこにいらっしゃるのはひょっとして、大都督の凌統殿でしょうか?」



聞き覚えのない、撫でるような穏やかな声音が投げかけられた。振り向くとそこには目を細め、口元に微笑をたたえた、どう見ても軟派な優男にしか見えない金髪の男が立っていた。
「確かに凌統は俺ですけど、何か用ですか?」
「ああ、やはりそうでしたか。『垂れ目、泣きボクロ、ポニテだっつーの』しか聞かなかったものですから、多少心配はしたのですが、案外簡単に見つかってホッとしましたよ」

何だこの失礼極まりない男は。

凌統はつい眉間に力が入ってしまうのを隠せずにいた。
初対面で人を垂れ目だの泣きボクロだのポニテだのだっつーのだの、全く何なんだっつーの。
「ところで、そういうあんたは何者なんです?こっちもちょっと取り込み中でね、世間話なら後にしてくれませんかね」
思いきり刺を含めた物言いをすると、男は微笑を絶やさず「おっと。これは失礼致しました」と。


「私は、郭嘉、字を奉孝と申します。先日、諸国漫遊の旅の最中の曹操殿と意気投合しましてその際、『ワシのコネで子桓に仕官してみるのはどうだ?ダメだった時はワシが個人的に面倒みてやるから安心せい』というお話になりましたので、この度参上した次第です」

「へぇ…!曹操さんが…!」


曹操は、言わずもがな君主曹丕の実父である。しかしこの国は曹丕が凌統と馬超を従え裸一貫三人ぽっちで旗揚げした国であり、実は曹操は何も関係はない。曹操は、曹丕の国が大きくなり、またその鷹のような目が時勢を読むに「天下を統べるであろう」と判断したからこそ、「父親なんだからワシも雇えい。安心せい、乗っ取ったりはせんわ」とやってきたのである。何とか登用された現在は、お気に入りの数名を従え、諸国漫遊の旅を満喫中なのであった。そんな勝手気ままな曹操であるから、曹丕は登用していないが、曹操が個人的に雇っているという将も少なくない。気に入っているなら自分で勝手に囲う曹操が、あえて正式に登用されるよう送って寄越すとは一体どういう了見なのか。

まァ実際登用するかどうかは曹丕次第だし…と凌統が考えているとすかさず郭嘉は、こちらお土産の山梨の葡萄と桃です、と見目美しい桐箱を出してきたものだから、詰んだな、と思ってしまった(曹丕のことだからこんなお土産を貰えば登用はほぼ間違いないだろう)。
「ところで凌統殿。ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい?なんです?」
「先ほどから、あちらの二人は何をしているのですか?」

忘れていた。

すっかりこの郭嘉とかいう金髪優男にひっかき回されて失念していたが、司馬師と周瑜の言い争いは、二人とも語彙が豊富なだけあって今なお終わることなく不毛に続いていた。
なんだか説明するのもアホらしい気がしたが、今後この国に関わっていく上で決して避けては通れない話題だろうと、凌統は孔明という人のこと、君主筆頭に思慕の情を抱く者が多すぎて凌統含むその他がどれほど苦労しているかということ、しかも孔明はそのヨコシマな想いに全く気付いていないノーマルなことなどを洗いざらい丁寧に、滾々と郭嘉に解説した。


全部を告白(というか途中からは愚痴のようであった)し終えてスッキリしたところで凌統がふと相手の顔を見るとなんとその顔は、目期待の光に輝き、頬興奮で少々赤らみ、薄い唇は楽しそうに口角を上げていた。

(あ…、なんかヤな予感……)


「なるほど。彼らの言い争いの原因こそ、魔性の人妻・孔明殿の関わるところなのですね」


魔性の人妻……。魔性は合ってるけど人妻は違うだろ、とつい凌統は心の中で突っ込んでしまう。しかし郭嘉の方は早くも『魔性の人妻』にご執心のようで、「私もこうしてはいられませんね、あの二人の言い争いに参加してこなくては」と頭を抱える凌統を放って颯爽と周瑜と司馬師の前に割って現れた。
こんにちは、この度縁あって此方へ参りました郭奉孝と申します。将来は孔明殿の間男に収まりたいと思っております。

こんな自己紹介聞いたことがあるだろうか。奇人変人揃い踏みなこの国でも、こんな前衛的な自己紹介は凌統も初めてだった。

孔明の間男になるだと!?貴様なんぞに孔明を寝取られてたまるか!!
あわよくば肉まんをもせしめようとのことか?許さずにはおかんぞ!


前衛的な自己紹介が三つ巴の対決に変化してしまった。
周りの露天商は品物を壊されてはたまらんと既に退避を完了している。この状況…民からの苦情と曹丕からの苦言は避けられないだろう。

しかし凌統は思う。

自制がきかなくなっている周瑜、孔明の顔も知らずに付いて来た司馬師。これだけでも面倒くさかったのに、そこに掴みどころのない郭嘉が加わってしまったのだ。確かにもう一人でもいれがいいとは思った。しかしこんな、状況を悪化させる人物の登場を望んだわけではない。こんな集団の面倒を見るのは誰だ?愕然とすることだが、自分しかいないようだ。

凌統は目の前で繰り広げられる無双の将の戦いを漠然と眺めていた。剣が舞う、火が出る、球が飛ぶ。さながら戦場と何も変わるものはない。

あの三人の引率をするくらいなら、民と君主の苦情がなんだというのだ。

閑散とした市場で、凌統は転がる椅子を一つ元に戻すとその上に腰を下ろした。


(今日はいい昼寝日和だなぁ…)


城内に孔明がいないことを祈りながら凌統は「勝負がついたら起こしてくださいね」と微睡みに落ちることにした。



はてさて本当に孔明はどこにいるのだろうか。城内にいたらどうする気なんだ?いやこんな展開になるのだから恐らくいないのだろう。残る捜索地点は城外のみ。探しに行くのは趙雲、馬岱に、太史慈、司馬昭。さてここでこそ孔明は見つかるのか。馬を駆り、大地を駈け、四人が孔明を探す。

《続》

続きができたら拍手にうpしますので少々お待ち下さい(ガタブル)

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Copyright © ステルススクラップ : All rights reserved

「ステルススクラップ」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]