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あなたのいない春

オフ発行『スプリング』の姜孔パートの頃の孔明と徐庶の話。孔明視点です。




「今日から、寂しくなるんじゃないかな?」
人で湧きかえる空港のロビー。がやがやとした喧騒の中、思いのほか小さくまとまったキャリーを片手に、彼はそう問いかけてきた。
「君は、一人暮らしは初めてだもんね」
そう呟く声に心配の色が混じる。彼はこの後に及んで私を残していくことが心残りになってきているらしい。出国ロビーまで来てそんな。彼らしいといえば彼らしい。
「大丈夫ですよ。それに私だけじゃなくて、徐兄だって一人暮らしじゃないですか」
「でも俺は寮だから……。俺は、君が心配だよ」
此方を見つめる彼は、まるで捨てられた仔犬に似ている。そんな顔をされては、かえって此方の方が心配になってくるではないか。
少し恥ずかしかったが、彼の背に腕を回し、ぎゅっとその身体を抱きしめた。広い胸に耳をあてると、どくんどくんと温かな鼓動が伝わってきた。
「こ、孔明……?!ここ、ロビーだよ?!」
急な行動に驚いてか、心音が早鐘を打つような速度になった。
「知ってます。でも、こうでもしないとあなた、向こうに行く決心がつかないでしょう?」
「う……、うん……」
「私は、一人暮らしでも大丈夫です。だから徐兄も、ちゃんとしっかり落とさず単位を取って来てください」
「うん」
「留年するようなら怒ります」
「……はい」
「……まだ、不安ですか?」
「……いや、もう大丈夫。心配かけてすまない」
その言葉を聞いて背に回した腕を下ろす。一歩引いて彼の姿を見ると、数分前よりもしゃんとしている。
「ネット繋いだらメールください」
「もちろんだよ」
「ところで、あなたちゃんとインカム持ちましたか?向こうで買うより、持って行った方がいいですよ」
「ちゃんと入れたはずだけど、ええと……、」
その時、彼の乗る飛行機の搭乗時間を知らせるアナウンスが響いた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気を付けて、いってらっしゃい」
別れの挨拶をすませると、彼は此方に背を向け、ロビーの先へと歩き出していった。
私は、彼の背が見えなくなる前にその場を離れた。


電車とバスを乗り継いでアパートへ帰り着いた。鍵を差そうとした瞬間にパチッと静電気が走った。痛みに眉をしかめながら部屋に入ると、ひんやりとした空気が身を包んだ。ぱちりと電気のスイッチを入れると、見慣れた部屋が目に映った。
三月も半ばの、まだ冬のかすかに残るこの季節。春から海外に留学する徐庶は、今日、現地へと飛び立った。授業が始まるのはまだまだ先なのだが、語学勉強のために早めに来るように要請があったそうだ。
「君は、一人暮らしは初めてだもんね」
空港での彼のセリフをふと思い出す。彼の言葉は正しい。大学に入ってから四年間、私はずっとこの部屋で、彼と二人で暮らしてきた。高校までは、兄や弟を共に生活していた。初めての、一人暮らしだ。しかし一緒に住んでいたとはいえ、一人でいる時間というのも当然あった。だから、一人暮らしぐらい、大したことではないと思っていた。
しかし、彼がいない初めての夜をむかえ、夜半にふと目が冴えてしまった時に、ふと思
った。この布団は、こんなにも広い布団だっただろうか?
そして陽の光で目を覚ますと、隣に彼がいないことに無性に寂しさを覚えた。彼がいつも寝ているあたりに手を置いてみたものの、そこに温もりはなかった。
部屋にいない間は、そこまで彼を意識することはなかったが、夜になってもずっと一人なのは、どうも落ち着かなかった。
その夜は、彼の愛用している枕を、抱き枕がわりに抱きしめてみた。鼻腔いっぱいに彼の匂いが広がったが、返ってくるのは自らの体温ばかりで、かえって寂しさが募る想いがした。


もうすぐ四月になろうかという頃、ようやく彼からメールが届いた。学校の寮だというのに、未だにネットが未開通だったとかで色々揉めていたら遅くなってしまったとのことだそうだ。「それは大変でしたね」と返事をすると、「うん。あと、すまない、やっぱりインカム忘れてた」と返ってきた。そんなこと、あの日からずっと知っている。でもそれよりも、彼が私との約束を忘れずに、こうしてメールをくれたことが何よりも嬉しかった。
彼からメールが届いたのと同じ頃、隣に新入生が引っ越してきた。
「き、今日、隣に越してきた者です。引っ越しのご挨拶に来ました……!」
身に緊張いっぱい、舌ももつれさせながら初々しく話す彼には好感が持てた。というか、そんな彼がなんだか仔犬のように見えて、少し、世話を焼きたい気分になった。
春から先は学校の授業も始まり、隣に越してきた姜維とも親しくなって、三月の頃よりも寂しさを感じることは少なくなった。一人暮らしにとうとう慣れてきたのかもしれないし、インカムを手に入れた彼と、直接会話ができるようになったのも、寂しさが減った要員かもしれない。


緑の繁茂する季節になった。陽の昇るのが早くなってきたせいか、自然と目の覚める時間が早くなってきた。そういえば今日はゴミの日だったと、寝起きの頭でそんなことを思う。まだ寝足りない気がするから、ゴミを出してから二度寝しよう。そう計画を立て、のそのそと布団から這い出る。Tシャツとジャージのズボンという、ラフだがそのまままた布団へ帰れる格好に着替えると、カギとチェーンを外し、玄関の扉を開いた。すると、ノブを伝わって何かにぶつかった衝撃と、「痛っ」という予想だにしない声が耳に届いた。ドアを開いたそこには、数カ月ぶりに見る懐かしい顔があった。
「…………徐兄、」
「……やあ、孔明。おはよう」
恐らく先ほどぶつかったのであろう、額を軽く擦りながら、変わらない頬笑みを浮かべつつ、彼はそう言った。突然、何の前触れもなく彼が訪れたものだから。ふいに目に熱いものが込み上げてきた。咄嗟に、それを見られたくないと思って、ゴミの袋を置くと彼の身体にぎゅっとしがみついた。あの日と同じように胸に顔を押しつけると、彼の心音が耳に届いた。息をすると、胸いっぱいに彼の匂いを感じた。懐かしい、彼の匂いだ。
「……なにが、おはようですか。そうじゃないじゃないですか」
溢れそうになる涙を見せないように、胸に顔を埋めたまま詰ると、「あ。そうだね、ゴメン」と、彼は逞しい腕で強く、私の身体を抱きしめてくれた。
「ただいま、孔明」
「おかえりなさい、徐兄」
背に回った体温を感じながら、無上の幸せを感じる。私を、愛して、抱きしめてくれる人がいる。
数分だったのか、ほんの一瞬だったのか、再開の抱擁を終えて身を離す。どことなく視線を感じると思ったら、目をまん丸に見開いた姜維が此方を見ているではないか。
「おはようございます、姜維」
爽やかに朝の挨拶を告げると、姜維は恐る恐るといった体で、彼の存在を問いかけてきた。そういえば、彼と会うのはこれが初めてのはずだ。私は簡単に彼の名前の他に、現在海外留学していることなどを伝えた。それと、大事なことを言い忘れてはいけない。
「それに私の幼馴染で、――――恋人、なんです」




《終》



勢いだけで一気に作ったので、何かとツッコミどころはあるかと思いますが、誤字脱字等ありましたら、ご報告いただければ幸いです。何分、見直しもしてませんので(本当に勢い)
徐孔に飢えていたらいてもたってもいられなくなったんです。

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