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第二話  夏侯惇  己が心の内に気付き  陸遜  孔明に嫌われる

緑は溢れ陽光煌めく穏やかなある日。燦々たる陽の光が天下の名工に造らせた豪奢な漆窓から部屋のなかに適度な明るさをもたらす。
しかしその外から見た麗らかさとはうってかわって部屋の中の雰囲気はそうでもないようで、むしろ水銀が沈殿しているように重苦しくて、

「なぁ孔明…どうにかして此方には居られないのか?」

漆造りの机の上には中華大陸の地図を広げ、それを見下ろすように君主が座っていたが、普段は山のようにきりりとつり上がっている眉を今日ばかりはハの字に下げて、机の角を挟んで座る痩身の軍師に問いかけた。

「残念ながらそういう訳にはいきません」

軍師がそう答えると君主はいよいよ眉を曇らせて、どうにか自分の意見を通そうと「だが、」と食い下がってきた。
しかし相手が話の中身を発するよりも早く明敏に内容を察知して此方のペースに持ち込むのがこの軍師の質で、

「趙雲殿や周瑜殿を私の代わりにかの地へ赴任させればよいではないか、とお思いかもしれませんが、」

手元の羽扇で軽く顔を隠すのはこの軍師の癖で、

「彼らを私の代わりにそちらへ回せば江陵の守りが疎かになってしまいます」

巧みな話術がこの軍師の武器で、


「江陵付近には張コウ、黄蓋、張飛等敵の主力が集中しています。兵数はおよそ六万。江陵は軍事的にも商業的にも路が多い衢地、要地であることは火を見るよりも明らか。我が君が会稽へ出兵、そして普段は重厚な我が軍の守りが疎かとわかれば丁奉はこれ好機とばかりに疾風迅雷江陵へ進軍して来しましょう。いくら我が軍に精兵が多いと言っても、倍の兵力では苦戦を免れません。いえ、万が一江陵を明け渡すことになるかもしれません。さすれば一番に被害を被るのは民。国の本は民でしかないのにその民の多くを我が君の守備を疎かにする行為で戦火の淵に叩き込むようなことになれば、今までの善政も見る影もなく民心は反し丁奉からの煽りもあって各地では反乱が起き、そのうちに丁奉は勢力を盛り返してくるでしょう。それでも宜しいのですか?」

流石孔明の三寸不乱の弁活に海よりも深い深慮遠謀である。これには曹丕も舌を巻いて、わかったわかったと言うと孔明の腕を取り、

「わかったから今しばらくはこうさせていろ」

とそのまま孔明を腕のなかに押し込め、暫しの別れを惜しんだ。
孔明は嫌な顔ひとつせずに君主のこの行為を甘んじて受け入れていたが、さてその心は如何なものか。


一方、曹丕の会稽への進軍に伴う守備の異動が公表されると憤懣やる方ないといった様子で隻眼を怒らせている男がいた。

「……なんで俺の守備が南蛮で、よりによって関羽と諸葛亮が一緒なんだ‥」

あんな辺境に、嫌いな奴らと共に行かなければならんのだ、とぶつくさ文句を垂れつつ、歩いた跡には草も生えないとばかりに地面を踏みしめながらながら邸への道を進んでいた。

夏侯惇は言うまでもなく関羽をまるで不倶戴天、左目の仇のように憎んでいる。また曹丕の寵愛をいいことに軍師にまで就任した(ように夏侯惇には見えている)諸葛亮のことも毛嫌いしている。

夏侯惇としてはこの配置に不満大有りで、そのままの勢いで先程曹丕に竹屋の火事の如く文句を撒き散らしてきたが「孔明にも考えあってのこと」と軽くあしらわれ、しかもまたしても孔明の考えとわかってまさに怒髪、天を衝く勢いである。

しかし「嫌というなら解雇するぞ」との声には反論する余地もなく、仕方なしに自宅へ帰ったのである。

「………。」

帰ったところで何があるでもない。あるのは明日南蛮へ関羽と諸葛亮と共に出立する事実である。忌々しいことこの上なし。

「…くそっ!」

――ガン!

その場にあった机に怒りの矛先を向けてみても結局は足の指を痛めるに終わった。

………忌々しい、まったくもって忌々しい…。

足の指に自業自得な痛みを抱えて夏侯惇は仕方なく明日からの準備をはじめた。


翌朝、澄みきった青空のもと、諸将はそれぞれの守備地域へと発って行った。会稽での戦が終わればすぐにでもまた会えるというのに曹丕と周瑜がまるで今生の別れを惜しむかのように孔明と挨拶を交わしたのは言うまでもない。

さて孔明たち南蛮組のことである。

道中は流石の善政とでもいうべきか、夏侯惇が必要なこと以外を喋らないということを除いて特に大事はなかった。

それは城に着いた後も変わらず、夏侯惇はただ黙々と、早く時よ過ぎ去れとばかりに仕事に打ち込むだけだった。


孔明たちが南蛮に赴任してから数日後、城に珍客が訪れた。会稽征伐間に南蛮の隣の永安の守備を任された曹操が暇を持て余して遊びに来たのだ。

「ちゃんと連絡を寄越しただろうが」

と執務室までやって来た曹操は部屋の仮の主・夏侯惇に言う。そういえば‥と夏侯惇が二、三日前の記憶を辿ると馴れない事務仕事を苛々しながらこなしている時私信が来てたな、とようやく思い出した。後で見るとか言って部屋の隅に置いたままだったなというのも思い出した。

「関羽と孔明なんて両手に華だな」

羨ましい男めと真夏にひとりだけ氷菓子を貰えなかった子どものような表情で夏侯惇を軽く小突いてくる。夏侯惇はひとつ深い溜め息と共に言葉を発した。

「……お前からしてみればそう見えるかもしれんが俺はそうじゃない」

その言葉に曹操が噛みついた。

「何だと?どちらが嫌だと言うのだ」

両方だとはっきり言ってやると曹操はそれまでのニヤニヤした表情を一転し厳しい表情をした。ひとを叱咤する時の曹操の顔だ。

「夏侯惇よ、お主が関羽と馬が合わんというのはもう長いことだから仕様がない。お主が関羽をいくら嫌おうとも儂は一切気にかけぬ」

だが孔明とはそんなに長い付き合いでもないのにどうしてそこまで毛嫌いしている?大方、孔明が子桓をたぶらかして実権を握っているとでも勝手に思っているのだろう?

「………。」

ずばり図星である。曹操が言を続ける。

「子桓は他人にたぶらかされるような男ではない。それに公私の分別もきちんとわきまえておる。それはお主もよくわかっておろう?」

ただ今回は公と私が限りなく同じ人間に偏ってしまっただけの話だ。

「疑うならまず孔明の作った書簡を見てみよ」

曹操は長い長い小言を言い終えると、じゃあ儂は関羽に会ってくるとさっきまで出していた覇者の威厳のようなものをひょいと引っ込め軽快にスキップをしながら室から出ていってしまった。

残された夏侯惇も曹操のずばずばと図星をつく話に一理有りと考え、室を後にした。


百歩ほど歩くと孔明の籠る執務室の前に着いた。正確にいうと孔明と関羽が籠る執務室に着いた。この城に来た当初、三人で事務をしなければならなくなり、元より事務仕事には不慣れである関羽が細々質問をするのにわざわざ室が遠いと面倒だから同じ室でと孔明に進言してそれが容れられたため二人の籠る執務室なのだ。勿論夏侯惇にも話は回ってきたが「遠慮する」のひと言でつっぱね、ほどよい小部屋を見繕ってひとりで籠っていたのだ。

ここまで来たというのに夏侯惇はまだ少し覚悟を決めかねているようで会うか会わぬか少し戸惑ってみたりなどしたが遂に、入るぞと少し躊躇いがちに声をかけた。

「………。」

返事がない。まったくない。

これには夏侯惇もイラッときて帰ってやろうか(何故か上から目線)と考えたが或いは不在かもしれぬと思った。

(いないのなら書簡だけ見てさっさと帰ればいいか)

面と向かって「書簡を見せろ」とも言いづらかったし、これ幸いと夏侯惇は室の扉を開けた。

目に入ってきた光景を見て夏侯惇はぎょっとした。

孔明がいるではないか。

居留守を使っていたのかと思うとまた少しイラッときたがよく見たらそうではなかったということがすぐにわかった。

扉の真正面に置かれている机には確かに孔明が座っていた。
が、顔はほのかにうつ向き規則正しい深い息をし、筆を持った手は器用なことにピタリと静止し書簡に汚れを付けずにいる。

(寝ているのか…?)

疑い半分で足音を極力たてずに近づいてみると確かに孔明は眠っていた。

折角寝入っている所を起こすのも悪かろうと夏侯惇はそっと手近にあった孔明の書簡に手を伸ばした。一本読み終わると二本目、三本目と次々と手当たりしだいに書簡に目を通した。

書簡の内容は、民の暮らしぶりから城の出納、耕地面積の測量から策の立案までどんなものでもあった。
と、次に見た書簡を見て驚いた。

自分が書いた書簡があった。

いまいちわからない部分があったのでそのまま書いたところが綺麗な文字で訂正されていた。どんなに小さな内容でもきちんと修正されていた。

悪くいえば細かすぎる。だがそれは武官の自分から見たもので、文官としては普通なのだろう。

「……孟徳の言う通りか」

夏侯惇はちらりとすぐそこで寝ているひとを見た。

先ほどと変わらぬうつ向きぎみで深い呼吸をし、多分こういうことが多いので慣れたのだろう、手に持った筆はぴたりと止まり書簡を汚すことはない。

その光景に夏侯惇は何故だか微笑みを洩らした。


 ゴトゴトという物と物とがぶつかる音で孔明は自分が寝ていたことに気が付いた。

 目を開けると不思議なことが起こっていた。

 ゴシゴシと寝ぼけ眼を擦っていると当事者が気づいて声をかけてきた。

「すまない、起こしてしまったか」

 待っていろもう少しで終わると夏侯惇は再び百歩ほど離れた室から持ってきた机の運び入れ作業を始めた。扉に向かい合うように置かれた孔明の机の斜め前に、顔をあげれば斜め前に孔明の顔が見える位置に夏侯惇は机を運んだ(先に同じことを反対側でしていた関羽と机が向かい合う形になるが斜め前しか向く予定がないので問題ない)。

 フン!と力の入った声がひとつあがり作業は終了した。

 そして部屋の主にひと言。

「今度から俺もここでやる」

 文句あるか?と少しだけ恥ずかしそうな顔をしたのが孔明は少し可笑しくて、微笑みを湛えて「勿論かまいませんよ」と告げた。

 それから少しして曹操に捕まった関羽が『南蛮城関羽の居所案内ツアー』で曹操を連れてこの部屋を訪れたが、急に増えた部屋の住人を見て、ほんのり嫌そうな表情を浮かべた。曹操が、それみたことかというような実に満足そうな顔をしていたのは言うまでもない。


 夏侯惇が越してきてからほどなく、日もあまりたたずして一頭の早馬が南蛮城を訪れ、ある一報を伝えた。

『会稽を制圧。至急帰城せよ』

 その報を聞くのはあとひと月は先かと思っていたので予想よりも早い事態に少し驚きながらも孔明たちは南蛮の城を後にすることになった。


本城に帰城早々、孔明は曹丕のハグの嵐を受けた後、早速に新しい仕事に取り組まねばならなくなった。
先の会稽での戦で捕縛・登用した司馬懿と陸遜の監督をすることがその新しい仕事である。
監督といってもふたりとも仕事に関しては有能そのものなので要はふたりがこの国に慣れるまでの観察係といったところである。

この人事を提案したのは最古参の将・大都督凌統である。孔明ともっといちゃいちゃしたいという君主のワガママに、それだったら司馬懿と陸遜に諸葛亮さんの簡単な仕事まかせちゃえばもっとかまってもらえるんじゃないですか、と軽い気持ちで進言したのが容れられちゃったのだ。注意してほしいのは容れられ『ちゃった』というところだ。まさか本当に採用はしないだろうと思っていた凌統は採用された瞬間、そんなんでイイんですかねェと溜め息と共に呟いたとか。

というわけで、そんな曹丕の想いなんぞ思いもよらず、孔明は司馬懿と陸遜の待つ室へと歩を進めていた。


ところ変わって司馬懿と陸遜の待つ室では。

司馬懿と陸遜、そして何故か周瑜が三すくみのにらみ合いをしていた。誰がカエルで誰がヘビで誰がナメクジなのかは言わないでおくが、とにかく激しいにらみ合いが繰り広げられていた。
交渉は先に切り出したほうが負けるというが、これは交渉ではない。一番最初にこの三すくみから抜け出したのは周瑜だった。

「貴様らの魂胆、私にはわかっているからな」

普段よりも数段低いドスの効いた声がふたりに釘を刺した。
射殺そうとするような鋭い眼力をさらりと受け流し、若葉薫るような爽やかな笑顔で陸遜は答えた。
「魂胆だなんて、まるで私たちに何か裏があるみたいじゃないですか」
「まさにその通りなのだろう?でなければどうして先の戦で一度も撤退することなく、あっさりと縛についたというのだ?」
「それは考えすぎです周瑜殿。馬超殿にかなう敵などざらにいるものではないでしょう?」
ここのところ馬超の調子がすこぶる良い。会稽の戦いの折はひとりで全武将を捕縛するという破天荒なことを成し遂げてしまうまでに調子が良かった。
ここで長らく沈黙を保っていた司馬懿が声を発した。
「どうやら意地でも何か文句を付けたいようだが、登用を最終的に決めたのは曹丕殿だ」
我らを疑うのも大概にしたらどうだ、と司馬懿は言う。
それでもどうにかして周瑜が食い下がろうとした時、状況が一変した。

扉が開かれ、ふわりとした芳しい薫りと、珠のようにすべらかな肌、夜よりも深い髪を持った艶やかなひとが現れたからだ。

「遅くなって申し訳ありません」

深々と礼をした孔明が顔をあげるとそこによく見慣れた顔がひとつあることに気が付いた。
「どうして周瑜殿がここに?」
相手のいぶかしい顔をほぐすように周瑜は口元に笑みを刷いた。
「君ひとりでふたりを監るのは大変だろうと思ってな。手伝いにきた」
言外には出さないが勿論、曹丕には無断でやってきている。孔明を狙っている周瑜のことである、手伝ってくるなどと言おうものなら何か下心があるとみて曹丕が行かせるわけがない。むしろ自ら孔明の手伝いにいくというであろうあの君主は(ちなみに周瑜の本来の仕事は近くにいた太史慈に押し付けられた)。
「それはわざわざありがとうございます」
私ひとりでは手に余るだろうと思っていたので助かります。と孔明が礼を言った瞬間、周瑜の頭のなかには『孔明の頼りになる私』という文字がきらきらしく輝いたが次の孔明のひと言でそれまでの天外の嬉しさが一気に瞬間冷凍の如く凍り付いた。


「それでは私は陸遜殿の監督を担当しますので、周瑜殿は司馬懿殿の監督をお願いします」

それでは司馬懿殿にはこの仕事を、と割り振りを決め始めた孔明に明王の如く眦を吊り上げて待ったをかけたのは司馬懿だった。
「周瑜などでは私の相手は務まらん。私の担当は貴様がやれ」
これは「陸遜なんぞ若造の相手なんてせずに私にかまえ馬鹿めが」という遠回しな司馬懿なりの愛情表現をさらに遠回しに言っただけである。この言葉に孔明は思いきり眉をしかめた。
「周瑜殿は司馬懿殿が思っているよりもはるかに優れた人です。あまり甘くみないでください」
己のひん曲がった愛情表現を真っ向から否定され司馬懿はぐうの音もでないが逆に愛をも感じられるようなセリフで自らを庇ってもらった周瑜は溢れる愛しさにまかせて、愛の抱擁から魅惑の接吻へ、『美周郎スキンシップフルコース』を孔明に贈ろうとしたがあっさりかわされてしまった。
「兎に角、私の相手は貴様でなければ務まらん!」
陸遜なんぞ周瑜に任せておけ!と司馬懿は頑として譲らない。
「そんなことを言って司馬懿‥貴様ただ単に私の孔明にちょっかいを出したいだけなのだろう?!」
ここで孔明の言葉により元気を取り戻した周瑜が俄然勢いを盛り返してきた。
「な、何を馬鹿な!‥その前に貴様、ちゃっかり『私の』孔明などと言いおって!貴様のような奴がいるから孔明も苦労が絶えないのだろうな!」
「何だとッ?!」
「ヤル気か!?」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのことを言うのだろう。バチバチと火花散らすまで睨み合ったふたりは「こうなれば3式に一騎討ちだ!!」「工作兵はいないか?!一騎討ち用の柵を建ててくれ!!」と互いに殺る気満々で室から出ていった。
孔明のことを想うあまり一騎討ちまで発展した周瑜と司馬懿であるが、当の孔明は置いてきぼり。
しかも孔明はひとりきりでふたりを待っているわけではなくて、孔明を狙うチワワの皮を被った陸遜が側にいるわけで。
それでいいのかふたりとも。

「仕方ありませんね、ふたりでやりましょう。陸遜殿には此方をお願いしてもいいでしょうか?」
「ハイ!おまかせを!」
どっさりと出された書簡の山に少しも怯むことなく爽やかな笑顔で果敢に挑んでいく陸遜に、孔明は目を細めた。


そして時がたち、孔明と陸遜の前に積まれた泰山のような書簡はすっかり形をなくし、別の少し離れた場所に新しい書簡の華山を作り上げていた。
ちなみに周瑜と司馬懿の一騎討ちの決着は未だについていない。
「できあがりましたね」
筆を置いた孔明は言った。
「では、ふたりで書庫まで持っていきましょうか」
「わかりました。あぁ諸葛亮先生、そんなに持っては重いでしょう。私が持ちますよ」
「すみません、陸遜殿」
長い長い一騎討ちを繰り広げている周瑜と司馬懿を尻目に、孔明と陸遜はたくさんの書簡を抱えて暗い書庫へと向かっていった。


ガキーン!という激しい金属音が鳴り響き、互いの額がぶつかり合うような距離で周瑜と司馬懿は何回目か顔を突き合わせた。
「だいたい私は貴様の登用には最初から反対だったんだ!貴様のせいでまた話がややこしくなったではないか!」
「フン!いっそのこと私が登用された時に貴様が国を出奔しさえすれば話は早かったのではないか?!」
「黙れ!今にその口、二度と開かぬようにしてくれようぞ!」
「口と顔しか能のない奴に言われたくはないわ!…ん?待て周瑜!執務室のほうが何かおかしくないか?」
「その手には乗らんぞ!」
「違うわ馬鹿めが!早く執務室を見てみろ!」
まだ八割ほど疑っている眉根を寄せた顔で周瑜が柵越しに開け放たれた執務室をちらと見ると、みるみるうちに血の気が引きが蝋のように真っ白になり、つばぜり合いも一騎討ちも放棄して古錠刀も放り出し、執務室に一番近い柵にすがりついた。

「こ、孔ぅ明ぃーーー!!私を置いて何処に行ったーーー!!?」

爽やかな風が吹き抜けていく、机と筆だけが残された誰もいない執務室を見て、ヨヨヨと泣き崩れる周瑜を他所に司馬懿は一騎討ちを見守っていた工作兵に「早く柵を退けろ、ついでに周瑜も取っ払ってかまわん」と告げるとさらにひとりの工作兵に聞いた。
「おい、書庫は何処にある?」
聞かれた工作兵が答えるより目元を泣き腫らした周瑜が反応する方が早かった。
「書庫がどうかしたのか?」
「書簡の整理をしていた諸葛亮と陸遜が消えたのだ、行き先はおのずとわかるだろうが」
それを聞くや周瑜古錠刀をひっ掴み、工作兵が少しずつ片付けていた柵に空いたすき間からウナギのように這い出るや否や、「罠だ、孔明ーーー!」と叫びながら書庫の方へと駆けて行った。驚いたのは司馬懿である。周瑜の抜け出たすき間から同じように体をねじってどうにかして抜け出ると「もう少しペースを落として走らんか馬鹿めがーー!!」と鈍足をフル稼働させながら走る走る。「適当にダッシュ攻撃も混ぜながら走れ!」と言う周瑜の言葉に成るほどなと思いながら、司馬懿と周瑜は陸遜に拉致された孔明(※ふたりの勝手な解釈です)の待つ書庫へと全速力で駆けていった。


ガキーン!という激しい金属音が鳴り響き、互いの額がぶつかり合うような距離で周瑜と司馬懿は何回目か顔を突き合わせた。
「だいたい私は貴様の登用には最初から反対だったんだ!貴様のせいでまた話がややこしくなったではないか!」
「フン!いっそのこと私が登用された時に貴様が国を出奔しさえすれば話は早かったのではないか?!」
「黙れ!今にその口、二度と開かぬようにしてくれようぞ!」
「口と顔しか能のない奴に言われたくはないわ!…ん?待て周瑜!執務室のほうが何かおかしくないか?」
「その手には乗らんぞ!」
「違うわ馬鹿めが!早く執務室を見てみろ!」
まだ八割ほど疑っている眉根を寄せた顔で周瑜が柵越しに開け放たれた執務室をちらと見ると、みるみるうちに血の気が引きが蝋のように真っ白になり、つばぜり合いも一騎討ちも放棄して古錠刀も放り出し、執務室に一番近い柵にすがりついた。

「こ、孔ぅ明ぃーーー!!私を置いて何処に行ったーーー!!?」

爽やかな風が吹き抜けていく、机と筆だけが残された誰もいない執務室を見て、ヨヨヨと泣き崩れる周瑜を他所に司馬懿は一騎討ちを見守っていた工作兵に「早く柵を退けろ、ついでに周瑜も取っ払ってかまわん」と告げるとさらにひとりの工作兵に聞いた。
「おい、書庫は何処にある?」
聞かれた工作兵が答えるより目元を泣き腫らした周瑜が反応する方が早かった。
「書庫がどうかしたのか?」
「書簡の整理をしていた諸葛亮と陸遜が消えたのだ、行き先はおのずとわかるだろうが」
それを聞くや周瑜古錠刀をひっ掴み、工作兵が少しずつ片付けていた柵に空いたすき間からウナギのように這い出るや否や、「罠だ、孔明ーーー!」と叫びながら書庫の方へと駆けて行った。驚いたのは司馬懿である。周瑜の抜け出たすき間から同じように体をねじってどうにかして抜け出ると「もう少しペースを落として走らんか馬鹿めがーー!!」と鈍足をフル稼働させながら走る走る。「適当にダッシュ攻撃も混ぜながら走れ!」と言う周瑜の言葉に成るほどなと思いながら、司馬懿と周瑜は陸遜に拉致された孔明(※ふたりの勝手な解釈です)の待つ書庫へと全速力で駆けていった。



間もなく周瑜は陸遜によって孔明が拉致監禁されている(※勝手な解釈です)書庫を目の前にした。程なくして鈍足なりに工夫して走ってきた(※あのダッシュ攻撃を使った)司馬懿も同じ書庫の前に着いた。「孔明!処女は無事か?!孔明!!」と周瑜は叫び扉を開けようとするが、書庫の扉には内側から鍵がかけられているようでびくともしない。
「おい、周瑜」
「何だ司馬懿、貴様にかまっている暇は無い。孔明ー!君の王子様だ!鍵を開けてくれー!!」
喚いたり叩いたり扉と格闘すること暫しの周瑜に司馬懿はひどく冷ややかな目を向けた。


「そこは『引く』だ、馬鹿めが」


「…………あ!」


そうである、周瑜はずっと『引く』扉を押していたのだ。それは開かないわけである。引いてみればまるで鍵なんてかかっておらず、子どもの力でだって開けられそうな軽い扉だった。
しかし最近この国にやってきたばかりの司馬懿に扉の『押す』『引く』を教えられるとは、一体周瑜は何年この国に仕えてきたのだろうか。
閑話休題。
扉を引いて開けた先には周瑜も司馬懿も、全く予想だにしていなかった光景が眼に映った。
それは、太史慈の腕の中にすっぽりと収まった孔明と、完全にノされて床にモノノフ倒れしている陸遜。
全くどうしてこんなことになっているのか、周瑜の頭も、それよりもさらに優秀な司馬懿の頭でもっても全くわからない。しかしここで周瑜はとんでもないものに気が付いた。

開け放たれた扉に気付き、ちらりと此方を振り向いた孔明の眦にきらりと光る一粒の煌めき、そう涙である。今しも粒は大きくなり、雫となって床に落下していった。

孔明を泣かせるとは不届き千万、不埒者、万死に値する大罪と身の内からメラメラと怒りの炎を熱く燃え上がらせた周瑜は、孔明を泣かせたであろうと推測される『人物』に電光石火の速度で詰め寄った。
「太史慈!!!貴様よくも、地味男のくせに、私の孔明を泣かせるとはイイ度胸だな!!!?」
たとえ天が貴様の蛮行を許しても周公瑾は決して見過ごしたりはせんぞ!と尻尾を踏まれた虎のように怒り狂っている。驚いたのは太史慈である。
「は…?!ま、待ってくれ周瑜殿!誤解だ!諸葛亮殿も何か言ってくだされ!」
「貴様という男は…!まだ孔明に無理強いをしようというのか?!」
「だからそうではないとさっきから言ってるでござろう!?」
恋は盲目とはいうが周瑜の場合まさかこんなに酷いとはと、あまりの理不尽さに思わず涙が出そうになる太史慈。しかしここで思いもよらぬ方向から救いの手が差しのべられた。
「落ち着け周瑜。悪いのは太史慈ではない。見ればわかるだろうが」
先ほどまで眉間に谷のように深い皺を作ってふたりのやり取りを眺めていた司馬懿である。ちなみにふたりが揉めている間に、ちゃっかり孔明を此方にキープしているところが曲者である。
そして司馬懿は我が保護下にある孔明に向かって「何があったか説明してみろ」と促した。すると孔明は陸遜と共に書簡を置きに書庫に行くところから、書庫に周瑜と司馬懿がやって来るまでの一部始終を話してくれた。



周瑜と司馬懿が一騎討ちを始めたのを尻目に、孔明と陸遜は書庫までやって来た。
「外交関係の文書は此方、農事関係は彼方の棚にしまいます」
こと細かに丁寧に孔明は陸遜に説明した。陸遜も威勢良く返事をするものだから孔明も大満足である。しまう物もしまったところでふたりは書庫を後にしようとした。が、ここで陸遜は思いもよらぬものを見てしまった。昼日中にも薄暗い書庫の中、恐ろしく魅力的で綺麗な人を明かり窓から入るたった一筋の光が照らし出した。まるでそこだけ世界が違うよう、神々しいばかりに見える光景が陸遜の目に映った。
するともう止まらなかった。かねてより孔明を恋慕っていた陸遜である、若さというものもあってか目の前の想い人に抱き付かずにはいられなかった。
「り、陸遜殿?!」
驚きのあまり孔明は声を上げたが、自分を見上げてきた陸遜の顔を見た時、驚愕せずにはいられなかった。
「……貴方が悪いのですよ、諸葛亮先生。私はもう限界です」
目をギラギラと危なげに輝かせながらハァハァと息荒く、たらりと鼻血を垂れ流す陸遜の顔を見た時、孔明は驚愕を超えて恐怖を感じた。
すると陸遜はその荒い鼻息のまま片手を孔明の服の合わせに、もう片方でベルトを解きにかかっていった。
「ま、待って、陸遜殿!い、嫌です!やめてください…!」
「大丈夫ですよ。優しくしますから」
「な、何を優しくするっていうんですか?!誰か、誰か助けてくださいッ!!!」
出せるばかりの声を振り絞り孔明は叫んだが如何せんここは他の建物からも比較的離れた位置にある書庫である。余程近くに人でもいない限りこの叫びが聞こえるはずがない。
「ひょっとして初めてですか?では私は諸葛亮先生のロストバージンの相手になるわけですね」
「ヤッ…!嫌ッ、誰か助けて!!」
「叫んだところで誰も助けには来ませんよ。さぁ観念してください」
遂に鼻息荒い陸遜の手が孔明の初な胸元に侵入を果たそうとしたその時!
ゴン…という鈍い音と「ぐっ!」という苦悶の声が上がった。すると先程まで孔明に覆い被さっていた陸遜の身体がずるずると床に滑り落ちていった。そしてその先にいたのは、
「すまんな。書庫に誰かいて」
それにやるならせめて誰もいないところでやってくれと、そう、そこにいたのは孔明と陸遜がやって来るよりも前から書庫にいた太史慈である。あまりにも地味…いやひっそりしていたため陸遜はふたりの他には誰もいないと思ったのだろうが、大きな誤算だったようだ。
「太史慈殿、ありがとうございます。助かりました」
「いや、礼には及ばん。人として当然のことをしたまででござる」
陸遜と比べるとなんと太史慈の立派なことか。ホッとした孔明は急に今になって先程の恐怖を思い出し、思わず涙が出てきてしまった。
驚いたのは太史慈で、普段が粗野なものだからこんな時どうしたらいいのかなんてさっぱりわからない。とりあえず背中でも撫でて落ち着かせようかとしたところで周瑜と司馬懿が出てきたのである。



「―――誤解は解けたでござろう?」
孔明の説明が終わったところで太史慈が言った。
「うむ、確かにお前が孔明を泣かせたというのは私の勘違いだったようだ。すまぬ。だが、何故書庫にいたんだ?」
まさか初めから孔明とイイ関係になろうと思ってあらかじめ潜んでいたのではあるまいな?と周瑜は地獄の悪鬼を思わせるような様子で太史慈を疑った。
「冗談を言わないでくだされ!」
何故太史慈が書庫にいたのか。答えは簡単だった。太史慈は先に周瑜の仕事を無理矢理押し付けられている。当然、頭の作りの違いで太史慈には周瑜の仕事の書簡なんて見てもさっぱりわからない。なので少しでも参考になればとわざわざ書庫まで過去の資料を探しに来ていたのだ。いやまったく真面目な男である。
「あぁそういえばそんなこともあったな」
さらりと周瑜はそう言うものだから太史慈は自分で言っておいて忘れるなんて、酷い奴だと、そして土下座して頼まれたってもう二度とこの男の頼みなんて聞くもんかと心に誓った。
「あの、よろしいですか?」
ここで孔明が口を開いた。ちらりと床に転がる陸遜を見遣ると、ふるりと小さく身体を震わせた。
「先程陸遜殿が『初めて』とか『優しくする』とか『ろすとばーじん』とか言ってたんですが、何のことでしょうか?」



孔明の思いもよらぬ発言に三者三様の反応を示した。すなわち周瑜は陸遜に激昂、司馬懿は唖然、太史慈はあまりのことに固まってしまった。
「……孔明、その、何だ、陸遜が何をしようとしたかわからんかったのか?」
恐る恐る司馬懿が聞いてみると「はい」という実にさらりとした答えが返ってきた。
そして司馬懿は恐ろしいことに気が付いた。あれだけ直接的に身体を狙いに行った陸遜が何をしようとしたかさっぱりということは、並みの自己アピールではこの人には何一つ自分の気持ちは伝わっていないのではないか、と。というか孔明の頭の中に男が男を好きになるという発想自体無いのではないか、と。
「―――孔明、良く聞いてくれ、」
司馬懿が悶々と悩んでいる間に周瑜は孔明の肩に手を乗せ、ひどく神妙な顔つきで語りかけた。
「陸遜は君に×××を突っ込もうとしたんだ!」
あまりにもストレートな周瑜の発言に司馬懿はまた唖然。太史慈は赤面。そして文面には伏せ字が使われた。
「ハァ?!え!?なっ…??!」
可哀想なのは孔明である。突然の周瑜の豪速球なストレートボールに顔は林檎のように真っ赤、三寸不乱の舌もしどろもどろである。
「いいか孔明、陸遜は君の×の×に×××を突っ込んで××××をしようとしたんだ!」
「ええぇえぇ!!?ま、待って下さい!私は男ですよ?!」
「君が男とか××××にはそんなことは関係ないようだ」
「そ、そんなァ…!」
あまりにも衝撃的すぎる事実を目の当たりにして孔明は床にへたりこんでしまった。また涙が溢れそうである。
しかしそんな孔明を周瑜が放っておくわけがない。自らも屈んで孔明の肩に再びそっと手を置くと、優しくゆっくりと呟いた。
「これに懲りたのなら、もう一人では陸遜には会わないことだ。言ってくれれば私がついて行くから」
「……ありがとうございます、周瑜殿」
「君に涙は似合わないよ。さぁもう泣き止んで」
完全にふたりだけの世界である。
先程まで普通のアピールでは気持ちに気づいてもらえないのではないかと思い悩んでいた司馬懿であるが、周瑜のやりようを見ていると、むしろ孔明が鈍いおかげでストレートにやらなければいくらでも何かできるのではないかと考えを改めた。

こうして孔明は『陸遜は自分のことを狙っている』と気付いたのである。しかし陸遜以外の他の人物たちに関しての危機管理というのは全くなされていないというのが今のところのミソである。




《終了》

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