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第五話 諸将 不埒な気持ちで孔明と温泉旅行に行くに 劉備 ストーキングに精を出すも悉く阻まれる(前編)

初春の激闘からひと月あまり。時は流れ、木々の柔らかな新芽が若葉へと成長を始めた頃。中華大陸の大半を占める曹丕の国は新たにひとりの若き秀才を加えていた。茶色のポニーテールをなびかせる彼こそ姓を姜、名を維、字を伯約という。今、孔明一押しの麒麟児である。
 彼は曹丕の国のアイドル的存在諸葛孔明唯一の弟子という誠に羨ましいポジションにおり、そして彼もまた例外ではなく、孔明を恋慕う武将のひとりであった。
今も朝一番に愛しの丞相の元に向かっているところである。

ただ、姜維が今この場にいたるまでの道は決して平坦なものではなかった。



 姜維はほんの数週間前までは敵国にいた。が、守備地域の陥落に伴い、捕虜として曹丕の国に連れて来られた。曹丕の姜維への関心は薄く、むしろ何処か一抹の不快感すらも姜維から感じているかのように「早く放逐したい」という気持ちが全面に出ていた。姜維も放逐されることに腹をくくっていたがその時、横から思いもよらぬ声があがった。

「お待ちください我が君。」

 すらりと伸びた長身が群臣の列から現れた。赤い唇から柔らかな、しかし力強い響きが空気を震わせる。瞬きをひとつ、金の瞳が曹丕を見据えた。
 姜維はハッとした。涼やかな目元、手に持った羽扇、三条の髭。見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころの話ではない。先の戦で前線まで出てきたこの人を、うっとりと眺めてしまったがため、隙あり!と気合い一声、あっという間に近くにいた誰かに捕縛されてしまったのだ。縄で何重にぐるぐるに巻かれながら「世に、一目惚れとは本当にあることなのだなァ」とミノムシのようになってしまった格好でしみじみ思ったのは記憶に新しい。
さらり、とその人の長い髪が流れた。
「彼には才能があります。」
それはまだまだ弱い新芽でしかありません。今回のように我が軍に寸の間に捕縛されてしまったのは未だ彼がしっかりとした基に出会っていなかったからです。密に、丁寧に育ててやれば時掛からずしてその新芽は必ずや目を見張るほどの立派な大樹へと成長し、我が国にも欠かせない逸材となるでしょう。その世話役をこの孔明にやらせて下さい。
言い終えると結論を待つかのように長い睫毛が縁取る目蓋がゆっくりと閉じられた。
間。誰も身動ぎひとつ、一呼吸さえも漏らしてはならないというような緊張。とてつもなく長いと思えるような一瞬の間。
 暫くして嫌な汗をかいていた曹丕が思いの外掠れてしまった声で問いかけた。


「まさか孔明……、」


惚れたのか?その男に……?



「は‥?」

これには孔明も驚き、静かに閉じていた目蓋を思わずぱっちりと開け、すっとんきょうな声をあげてしまった。
曹丕は、いつもの威厳は何処へやら。オロオロと「いや、孔明、まさかと思うのだが、お前はそこの幸の薄そうなポニーテールの男に、その、心を奪われたとか、奪われてないとか」としどろもどろにまごまごと呟いた。
曹丕と同じように若干名の群臣は、やはりハラハラした感じで孔明を見守っている。その中で一人、凌統は頭を抱えている。
そしてドキリとしたのは孔明ではなく姜維。孔明に一目惚れしてしまった姜維であるが、まさか相手も自分のことを?と思うとドキドキが止まらない(たとえ表現が古いと言われても本当にそういう気持ちだったのだby姜維)。
しかし孔明は曹丕の意図が何処にあるのか飲み込みかねているようで、困った表情を浮かべている。「惚れております」と真実を言いかけると曹丕は白目を剥きそうになるし(見ていて非常に恐ろしい)、かと言って惚れていないと言ったら嘘になる。どうしたものであろうと考えていると群臣の列から一人、溜まりかねたように勢いよく飛び出てきた人物がいた。
「ですから、その若造と閨を共にし、自主規制とか自主規制とか自主規制で濃厚な夜を過ごそうと思っておられるのですか?!諸葛亮先生!!」
昼間から大声で卑猥語をかましたのは陸遜。陸遜の言葉に当の孔明は呆然赤面、姜維はついついそれをしっかりと妄想してしまいニヤけそうな顔を気合いで引き締めた‥つもりであったが、どうにもニヤけてしまって仕方がない。想い慕っている人ともうすぐ心通わせることができるかもしれないというなら、思わずスキップでもしてしまいそうなほど有頂天になってしまったって仕方のないことだ。人間、こういうことはなかなかプラス思考なものである。
しかしこの後すぐ、姜維は天国から地獄の最下層まで一息に突き落とされるような絶望感に襲われることとなる。

「な、何てことを言うのですか陸遜殿!」

と、ここで赤面していた孔明が、まだ頬はやんわり染まったままだが、厳しい眼差しを陸遜に向けた。


「私は、彼の才に感じて弟子にしたいと思ったです、貴方の言う、そういったいかがわしい関係を持とうなどという気持ちは断じてありません!」


孔明、陸遜の思考を全否定。

もれなく姜維の甘い野望も全面否定。

というのは孔明の思考がごくごく普通のノーマルだからだ。男が男とイチャイチャするなんてありえないと、いかにもノーマル。こういうわけで否定なのだ。
姜維は、生まれて初めて目の前が真っ白になるという感覚を味わった。


この状況をはらはらと見守っていた曹丕はじめ、孔明といかがわしい関係になりたいと望んでいる輩は、孔明の言葉に遂にほっと胸を撫で下ろし、なんだそれなら登用してやるかと急に手のひらを反した。そりゃ、孔明が取られる?!といった可能性を当の孔明が完全否定してくれたのだから、安心の太鼓判である。それならむしろ孔明に喜ばれることをしたいというのが彼らの考えだ。
 姜維登用決定に、孔明は輝く瞳に喜びをのせ、華のような唇に微笑みを浮かべた。白く、長い指が姜維の肩におかれ、姜維は我に返った。求めていた、可憐で美しい顔が目と鼻の先にある。

「貴方は、どうですか?」

 赤い唇が言葉をつむいだ。この国に、この人の傍にいるのかどうか、最後に決めるのは自分自身なのだと、わからせてくれる。

姜維は覚悟を決めた。


「……ご教授のほど、よろしくお願いいたします」


 その言葉に、目の前の人は初めて心の底から嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。清楚で可憐なその笑顔に、姜維は改めてこの人を恋慕っていることを確信した。そしていつか必ず、必ずこの人の心を、と胸に誓った。


 ちなみにこの後すぐ、姜維はこの人がかねてより敬服していた諸葛孔明その人であることを知る。そして、まさかあの天下の鬼才諸葛孔明がこんな可憐で美しくて、しかも自分の師になって、可愛らしくて、弟子になったからにはいつも傍にいられる?!‥と頭がパンクしそうになったのも言うまでもない。

と、そんな感じで一目惚れの相手に登用前の、しかも告白前に何故かフラレるというとんだアクシデントに見舞われたわけであるが、姜維はめげず、人間いつかは心をほぐすもの、必ず丞相を振り向かせてみせる!と決意を固くした。
そして夜遅くまで仕事を手伝い、暗い夜道を家まで送り届け、朝は定時に迎えに行き、城に泊まるなら一緒に泊まって護衛をし、身体が凝っていると聞けば温熱マッサージを行い、ちょっとしたタイミングで丞相のお気に入りのお菓子を差し入れるなど数々の『丞相の一生を委せられる頼りがいのある漢』アピールをしている。


 そう今は定時のお迎え。珍しく自宅に帰った丞相をこうして次の日朝一番で迎えに行くと、たまにまだ起きていない寝間着のままの丞相に会えて、しかも着替えの手伝いも出来ることある。その時にちらりと見える丞相の真珠のような肌が、もう堪らない。と姜維は孔明の家の門前で素敵な思い出を振り返りゆるむ頬を引き締められず、思い切りにやけた。
「丞相!お迎えにあがりました!」
 姜維はいつもの通り声をあげ呼ばわったが、おかしなことに今日は何の返事もない。常ならば三拍も空けないうちに家令が出てきて取り次いでくれるというのに、何としたことだろう。
 門を少し押してみると意外なことに鍵がかかっていない。まさか良からぬことでも起きたのかと慌てて中に入ると意外な光景が広がっていた。
 庭先に並ぶ趙雲を筆頭に、周瑜、司馬懿、陸遜、馬超等。そして一番奥、家の中では曹丕が椅子に腰かけていた。
何だ、この状況はと姜維が混乱していると屋敷の奥から目映いばかりの、愛しの師匠が顔をだした。
「おはようございます、姜維。今朝もご苦労様です」
「じ、丞相、これは一体‥?」
「朝一番に我が君から、温泉に行こうと誘われたのです」
「お、温泉ですか?!」
 これで姜維には全てに合点がいった。曹丕筆頭の、孔明によこしまな想いを抱く武将達は朝も早くから不埒な策略を巡らせていたのだ。丞相の弟子兼(自称)ボディーガードとしてみすみす奴等を放っておくわけにはいかない、姜維は気合いを入れた。

「姜維も一緒に来ますか?」

満開の華のような艶やかな顔が微笑みかけた。姜維の答えは決まっていた。

「勿論です!何処までもお供いたします!!」

丞相を殿たちの魔の手から護るために‥!

姜維は強い決意の炎を瞳に宿し、激闘を勝ち抜くことを誓った。

次回、温泉のためだけに蜀とか南蛮の方まで行っちゃいます。




  しん、と静まりかえった、爽やかな朝の光差し込む城内。
外に目を向ければ緑は萌え、海よりも青い空に鱗雲が美しい。
柔らかく涼やかな風が頬を撫でる中、凌統は心の底から思った。



平和だ‥‥!!



ゆっくりと噛み締めるようにその言葉を深く胸に刻みこむ。感動で心がうち震える感覚もある。


君主筆頭の幾数人の者達が『下心たっぷり温泉ツアー(凌統命名)』に出たのが昨日。
「私が帰った時に領土が減っていたら、‥わかるな?」と行き際に曹丕がそんなことも言っていたが、そんな脅しは怖くもなんともない(というか領土が4国しかない国がわざわざ攻めてくるなんて考えられない)。こんなに城内が静かで平和な日がこの国に訪れるなんて、その方がよっぽど‥と建国当時からの将、凌統は熱くなる目頭を押さえた。
正直最初の曹丕(君主)と馬超(初期将)と、三人ぽっちの時からあの二人はうるさかった。しかも孔明が来てからはもっと大変になった。その二人だけでなくさらに周瑜や陸遜など複数人が孔明の取り合いなんぞして騒がしいことこの上ない。おかげで凌統はいつも、しなくてイイ苦労ばかりしててんやわんやである。


それが、まさかこんな穏やかな日が来るなんて‥‥!


凌統は思った。


曹丕達が帰ってくるまで、この平和を思いきり謳歌してやろう!


あまりにも幸せすぎていっそのこと城を自分色に染めてやろうかとも思った。最近マイブームの家庭菜園でこの城を包み込んでやろうかとか、癒しを求めて飼い始めたネコを連れてきて住まわせ、城をネコ屋敷にしようとかそんなことまで考えた。が、ふとそんなことまで考えるようになった自分は、ひょっとしたら少し病んでいたのかもしれない、と後から凌統はこの頃を振り返って思った。


お疲れ凌統はさておき、一方の曹丕一行。
本拠地の会稽からはるばる蜀の奥地、果ては南蛮まで進む道程の途中であった。
予定では夏口の水軍基地まで陸路を進み、そこから今度は船で江をさかのぼり蜀へと入るつもりで、今はその陸路の途中であった。
しかしその短い途上でも孔明に懸想する武将たちの執拗なアタックは止むことはなかった。



「孔明殿、疲れていませんか?」
「まだ大丈夫です」


「上等な鞍を付けてやったからな。腰がだいぶ楽だろう?」
「はい、とても」


「孔明、喉は渇いてないかい?水分補給は大事だぞ」
「ありがとうございます。喉が渇いたらいただきますね」


「孔明、私の馬車に共に乗らんか?」
「滅相もありません。一介の家臣が君主に同乗することがどうしてできましょうか?」


「孔明、ちと此方へ来い。面白い物が生えているぞ」
「どれですか?‥これは、初めて見ますね。司馬懿殿、ご存知ですか?」


「諸葛亮先生、そんなに着込んでいて暑くありませんか?何だったら脱がしてさしあげますが?」
「い、いえっ!遠慮します!」


「丞相、その先は道がぬかるんでおります。此方へ」
「ありがとう、姜維」



皆それぞれの方面から孔明の気を引こうと必死である。そう、この旅…というか温泉旅行はある種の決戦なのだ。なんと言っても「お泊まり」である。見知らぬ土地へのちょっとした小旅行で二人の仲は急接近!なんて話は掃いて捨てるほどよくあるではないか。しかも周りは恋敵ばかりとくれば必死にならないわけがない。
この旅行中に孔明をオトす!とアブノーマルな武将達は勝手にいきりたっていた。
しかしこの様子を数里先の森から芦毛の凶馬に乗って観察している怪しげな姿があった。大木にひっそりと隠れ、じっと、ある人物に熱視線を注いでいる。ほう。と感極まったような溜め息をひとつすると、興奮に後押しされるよう、熱の籠った声である名を呟いた。


「孔明‥‥」


口に出すとこれまでの出来事が自然と思い起こされ、じんと心が震えた。
思いっきり孔明のストーカーのこの男こそ、漢の景帝の息子中山靖王劉勝の末孫を自称する『三国志演義』の主人公劉備玄徳である。本来なら孔明とは三顧の礼があって水魚の交わりとか言われてと、何かとオイシイポジションにいられたはずが、「エンパ」だったために孔明を手に入れられないどころか、国に登用されもしない在野の一武将と化してしまっている。演義の主人公形無しである。
魚は水が無いと生きられないため、在野の士でありながらもこれまで幾度か孔明にラブアピールを送ったものの、水は魚がなくても困らないせいか悉く失敗し、挙げ句の果てにはストーカーや変質者に思われる(※去年のバレンタイン参照)という惨々たる結果になっている。


しかしそんなことで簡単に挫ける劉備ではない。雑草魂、民魂、高祖劉邦より続く劉家の魂(※ろくなものには思われない)を以てして、三顧で足らねば十顧も百顧も何千顧だってしてみせて、天に誓って孔明を嫁のような軍師のような嫁に招く所存。
必ず、お前を振り向かせてみせるからな‥!と、森の中で熱く静かに気合いを入れ、芦毛の凶馬の上から遠くの孔明にハートが実際に出て飛ばんばかりに熱い視線を送った。
ちなみにこの時孔明は急に背筋にぞわぞわと嫌な鳥肌がたったという。また馬超は森の中に芦毛の珍しい馬の気配を感じ取ったらしい。


さて時と場所は移り、一行はその日宿する零陵の城へと到着した。空には既に星宿が輝いている。

「皆に重大な知らせがある」

そう呟いたのは君主曹丕。部屋割りがまだということで一行は城の広間に集まっている。皆を一様に、そして特に孔明を重点的に見つめると曹丕は言葉を続けた。
「実は、ちょっとした手違いで一部屋だけ二人で使用せねばならんことになった」
一人に一部屋あてがうよう言いつけたはずが一部屋足りんので、一ヶ所だけ一人用の寝台に二人で寝んと間に合わんのだ、と曹丕は言う。


しかし勿論「手違い」というのは真っ赤なウソである。大ウソである。一部屋少なく用意するよう注文をつけたのは紛れもない曹丕本人である。
そう、曹丕の魂胆とは孔明と一晩を同じ布団で過ごすことにあったのだ。自らのミスという負い目をわざと負うことにより、二人使用の狭い寝台を勧んで使用したいと言い出す不自然さをカバーし、そして君主命令で孔明を部屋に呼び込む、と本人的には完全無欠の策を講じたつもりであった。己の策に自信満々な曹丕であるが、それがバレてはまずい。自称中華大陸を震撼させる演技力でもって曹丕は沈痛な顔を作り、画竜に眼をいれようとした。今こそ、野望の成就する時!
「私の責任であるのだから私が二人使用の片割れになる。‥‥それで、誠に済まないが一緒に、孔め‥」
「殿!それには及びませぬ!」
曹丕の止めのセリフを遮るように言葉を被せてきたのは趙雲。ずずいと前に身体を出すと裏表無いような爽やかな笑みで「君主の失敗は臣下のそれに同じと思われます。一国を統べる君主が臣よりも狭い所に寝るなど、どうして許されましょうや?」と進言してきた。
と言っても裏表が無いというのはこちらも勿論建て前だけであって、趙雲の目的は曹丕と孔明の同衾阻止にある。ついでにあわよくば自らが孔明と添い寝が真の目的である。曹丕本人は完璧と思っている策も、「手違いで」くらいの時点でもうバレバレであった。
「ここは殿にはお一人で部屋をとってもらい、殿の責めは私が‥‥」
「そんなことを言うなら趙雲、君のような上の立場の者を私より狭い寝台に追いやるなんてできることではない。ここは是非私こそ孔明と同き‥」
「お待ちください周瑜殿。それでしたら、諸葛亮先生と親交を深めるという意味でもここはぜひ私に譲っていただきたいと‥」
「陸遜殿!貴方を丞相の傍に置くことは、丞相の一番弟子であるこの姜維が許しません!」
「おかしなことを言いますね?いつ貴方が諸葛亮先生の一番弟子になったというのですか?」
ぎゃいのぎゃいのと、部屋割りから始まったはずがいつの間にか二伯の罵りあいにまで発展してしまった。孔明は何故か自分がいつの間にか二人部屋の片割れに決定されていることに疑問を持ちつつも、ふいにあるものの存在を思いおこした。

ごそごそと孔明が胸から取り出したのは錦の小袋。それは実は出発前に「同衾に誘われた時はこれをお開け下さい」と、月英から手渡されたものであった。


月英からの錦の袋と聞いた瞬間、将の間に一筋の緊張が走った。月英にあるのは名誉でも天下でもない、ただ孔明を第一に考え、孔明を守ることに最上の意義を置いている。そんな月英が持たせた錦の袋と言われれば、孔明に不埒な想いを抱く者が平静でいられるわけがない。一体何が入っているのか、孔明にセクハラを働いた者を地獄へ送る小型の虎戦車か、いやひょっとしたらこの袋自体が四次元空間と繋がっていて月英本人がこの場に現れるのかもしれない。
アブノーマルな武将達が戦々恐々とするなか、孔明は小袋の紐を解いた。
すると中から出てきたのは虎戦車でも月英でもなく、意外やただの紙切れ一枚だった。
整った文字が紙に流れるように書いてある。読んでみると
『孔明様と同衾しても宜しいですが、同衾した者は必ずこの紙に名前を自署するように』
と、たったそれだけが書いてあった。
しかし、ただの文字だが何と恐ろしいことか。同衾した事を全て月英はチェックしようというのだ。つまり名前を書けば確実に後々月英の堅固な妨害に会うことが約束されてしまう。しかし名前を書かねば同衾はできない。また、それくらいならイイが万が一この紙がデ〇ノートの切れ端だった場合名前を書いたら死んでしまうではないか(※皆結構本気で思ってます。月英ならやりかねんと)。孔明とイチャイチャせずに死ぬなんて、死んでも死にきれんではないか!
しばらくの間、皆喉に何か詰まらせたようにぐっとおし黙っていた。が、急に一迅の風のように一人がその紙に名前を書いた。
周瑜であった。
周瑜は名前を書くや否や孔明を腕の内に納め、思う存分その体温を味わった。
「孔明!私は君と共にいるためだったら死をも厭わん!」
孔明っ!と、ぎゅう~と益々強い力で自分抱き締めてくる周瑜に、孔明はほとほと困り果てた。
「‥‥周瑜殿、少し大げさすぎやしませんか?」
「大げさなものか!後生だから死ぬ前に君を堪能させてくれ!」
何故か勝手に先ほどの紙がデ〇ノート設定が前提にされてしまっているが、周瑜は今生の別れを惜しむかのようにさらにむぎゅっと孔明を力一杯抱き締めた。すると形のよい細い眉を歪め、孔明が一言。
「‥‥暑いっ!」
ガンッ!と周瑜に響くその衝撃。どうやらあの紙切れはデ〇ノートではなかったようで、周瑜は死にはしなかったが、愛しい人を抱き締めて言われた「暑い!」は、かなりの深手を周瑜の心に負わせたようである。
結局この日の部屋割りは「一つ目の袋で決着がつかなかった時はこれを」と言われた二つ目の袋に書いてあった通り、「姜維を孔明の護衛とし寝ずの番をさせるように。部屋は人数分になるでしょう」と言う指示に従うことにした。孔明は可愛い弟子を寝ずの番にすることに抵抗を感じたが、姜維自身がやる気満々だったため、渋々それを了承した。
(月英殿から直々に指名ということは、きっと私が丞相の傍にいるのを認めてくださっているということだ!)
というのが姜維の考えだった。月英のお墨付きを得た姜維に、もはや不安は無かった。
「眠くなったらいつでも寝にきて良いのですからね」と自らを気遣ってくれる孔明をさらに愛しく想いながら、姜維は孔明の眠る扉の前で寝ずの番についた。危険は扉ではなく、窓から迫っているとはつゆ知らずに。


「眠くなったらいつでも寝に来ていいんですからね」

それでは、おやすみなさい。

先ほど最愛の師はそのように言い残し、扉の向こうに消えた。「お休みなさいませ、丞相」と、扉が開いている間はキリリとした顔を作れていたが、閉まった途端に頬が緩んでしまって仕方がない。

いやしかし、いつ賊が丞相を襲いに来るかわからないのだからこんなににやけているわけにはいかない。と思いつつもついニヤニヤしてしまう。もうずっとにやけっぱなしである。
丞相の何とお優しいことか!「眠くなったらいつでも寝に来ていい」なんて言ってくださる師なんて宇内広しといえど丞相しかいらっしゃるまい!

そんな丞相のためならこの姜伯約、弓が飛ぼうが槍が降ろうが、山賊が来ようが攻城兵器が来ようが、愛槍片手にしゃにむに丞相をお守りするのみ!
愛しています!丞相!と心の中で雄叫びをあげ士気を奮い起たせていると、突然、閉められていた扉が内側から開いた。
いきなりのことに心臓が煩いくらい大きな音を立てている。どきどきする中、扉が開くとよく見慣れた涼やかな顔が、控え目にひょっこり現れた。

「じ、丞相‥?」

突然の師の登場に何かあったのかと驚き問うてみたが、何もないと丞相は首を横に振った。ではどうして、と聞くと月の光に、麗しい笑顔が見えた。
「眠くはありませんか?」
寝ずの番をするなんて言ってましたけど、大丈夫ですよ。と優しい言葉が羽のように舞い降りてくる。
本当は眠いのに、いいえと答えた。

「本当に?」


どきり。
蠱惑的な瞳が、桃色の唇が、自分に向けられる。そんな目で見られたら頬に熱が上ってしまう。それに、もう嘘なんてついていられない。「いえ、正直眠いです」と本心を告げると、師は、みとれてしまうほどふんわりとした美しい笑みを浮かべた。
「だと思いました」
寝ずの番なんて、月英も大げさなんですよ。

「一緒に寝ましょう?」

「はいv」

考えるまでもなく即答。多分顔は、これでもかというほどにやけているだろう。手を差し出されれば迷うこと無くそのしなやかな手を取って、部屋の中へと共に歩を進めた。寝台はもちろん一つしかない。振り向けばその瞳が欲に濡れているように見える。

「丞相―――っ!」

ふいに口づけられる。まさか一緒に寝るとはそういうことだったのかと頭がぐるぐると混乱する。しかし、唇に触れる瑞々しく柔らかな感触。離れようとした瞬間にこちらから捕まえる。唇同士の触れ合いから、今度はためらいながらも舌を滑り込ませる。すると意外なほどに熱い舌が積極的に応えてくれた。
「ン、‥伯約‥っ」
「丞相‥‥!」
とろりと熱に蕩けた瞳が此方を向く。そのままなだれ込むように寝台に二人もつれ込み、胸の袷に手を掛け、百合の花のように白い胸元に唇を寄せると、


ドタッ。という大きな音でハッとした。


アレ?と思うと自分は廊下にいた。目の前には控えめに月に照らされた緑の広がる庭が見える。後ろには扉。中では丞相がゆっくりお休みのはず。先ほどの音はどうやら此方から聞こえた気がする。

アレ?確か先ほどまで自分は丞相と部屋の中でニャンニャンして、アレ?もちろん寝台でニャンニャンしてたはずなのにどうして廊下に‥‥?

ハッと気づく。

丞相とニャンニャンは夢だったのか!!


深いため息と共に総身から力が抜ける。丞相と閨を共にできるなんて夢のようだと思っていたら、本当に夢だったなんて‥‥。


軽いショックを覚えながらもしかし姜維はポジティブであった。いやでもしかし、それにしても夢の中の丞相の積極的なこと。自ら閨に誘って‥‥。

さらに姜維はハッとした。先ほど起きるきっかけとなった鈍い音は扉の内から聞こえたのではなかったのか?ドタッ、という物が落ちたような音。丞相の寝相は大変よろしいので、お休みのはずの丞相が物を叩き落とすわけがない。


さっと血の気が引くのを感じた。背中につ、と冷たい嫌な汗が伝った。
「‥じ‥丞相~~~~っ!!!」
慌てた勢いに任せるまま扉を開いた。力巻かせに開けたせいで戸が壊れそうな音を立てたが、そんなことは知ったことではない。
姜維が扉を開けるや、時よろしくして雲間から月が現れ、部屋の中を白く照らした。

寝台にはぐっすりと横たわる孔明。そして孔明に覆いかぶさる一人の男。此方を振り返り、あんぐりと驚愕の表情を浮かべている。


「く、曲者ーーーーーー!!!!」


絶叫と共に愛槍一閃。闇にきらめく刃物の色に男は慌てて身を翻した‥瞬間、寝台から落下し「ごちん」という頭を打ったような音が響いた。
さすがの騒動に遂に孔明も目を醒ましたが、目蓋を開けた先に飛び込んできたのが目の前を横切るように壁に突き刺さる槍だったものだから思わず身の危険を感じ、さっと枕元の羽扇を手にとるや真・無双乱舞。追尾式ビームはあやまたず謎の男に命中し、窓から外にぶっ飛ばしていた。ぶっ飛ぶ直前に男は「私とお前は魚と水のように――」と言っていたが、残念ながら孔明の耳には届いていなかった。ちなみに姜維は、突然の師の無双乱舞に驚きもしたが、寝間着のラフなスタイルでの真・無双乱舞の締めのポーズで、普段は滅多に見ることは出来ない生足を拝むことに成功し、曲者とかそれどころではない。

この頃になると、孔明の部屋の前で寝ずの番をしているはずの姜維の絶叫を聞き「すわ!孔明の一大事!」と得物をひっ掴み駆けつけた諸将で部屋はごった返していた。
「孔明どうした何があった?」「怪我は無いか?」「賊の侵入を許すなんて、姜維は何をやっていたんだ」「やはりこのままでは危険だ。故に今宵は私の部屋で、」「君主の部屋こそ、いつ賊が寝首を掻きにくるかわかったものではありません。ですからここは私の部屋に、」「いや待て。何でお前の部屋なんだ?」と夜中に総出でやいのやいの。誰が言ったか、一先ず落ち着け、と。

そしてとりあえず今日のところはこの場に一同で雑魚寝ということで片がついた。が、その後もしばらく孔明の元で雑魚寝が続くのはそれからの話。

一夜明け。

夕べの賊に関しては、指名手配するにしろ何にしろあまりにも情報が無さすぎたために一先ず対応は保留することして、夏口へと急ぐことにした。それに一時的な賊ならいいが、姜維の証言によれば賊の狙いはどうやら孔明の貞操のよう。つまり相手は賊というよりストーカー。ならば逃げるが吉。ついでに船に乗りさえすればさてものストーカーとて付いてはこれまいという観測。といった訳で一同は昨日にも増してキビキビと先を急ぐわけであった。ついでに言えば皆一様に、孔明と同じ国にいて良かった‥!とホッと胸を撫で下ろしているのでもあった。


少し時間は戻って昨夜。孔明が姜維におやすみを伝え、寝静まった頃。
月明かりのもと、後にストーカーとして扱われる漢、劉備玄徳は二階に当てがわれた孔明の部屋を、下の庭から眺めていた。目的はただ一つ、孔明を夜這う。ただそれだけであった。

国の将でない劉備にとって、君主のお気に入りで想い人で、まるでお姫様のような扱いをされている孔明は、そう簡単に会えるような人ではない。
しかし、何を根拠にか孔明と自分は水と魚のような関係だと思い込む劉備――水がないと生きていけない魚としては、どうしても孔明とかかわり合いになりたい。というか「かかわり合い」くらいではなくもっと、睦み合いチョメチョメをするような関係になりたいと思っている。
そしてこんな自分が、孔明とチョメチョメもできるような関係になるには方法は一つしかないと睨んだ。それこそが、隙あらば夜這いで既成事実を、というもの。

しかし普段の孔明は高い城壁に囲まれた城の中の特に奥の方の厚い警備陣の敷かれた更に奥にいる。しかも大概孔明は一人ではなく、美しい華に群がる羽虫のような輩に取り囲まれていて、城にいる孔明を狙うのは生半可な技では無理であった。
ならば狙うはせめて城の外から出るお出かけの時しかあるまい。そう思い続け幾星霜。ようやくそのチャンスが巡ってきた。

劉備は顔をあげた。

視線の先には人ひとり登ったところでびくともしなさそうな巨木。そしてその枝の伸びる先には愛しい彼の人の眠る部屋。

玄徳、いっきまーす!!!

心の中で雄叫ぶや劉備はカブトムシのように木にへばりつくとサルよりも素早く幹をよじ登り始めた。目指すは可愛い孔明の眠るあの部屋だ!

あっという間に枝まで駆け上がった劉備はそのままの勢いにまかせ、まるで壇渓を飛び越える的驢馬さながらにえいや!と一息に部屋の中に飛び込んだ。しかし着地は格好の良いものとはなれず足がもつれて思いきり格好悪く床にドタッと転んだような体勢での着地となってしまった。
サッと素早く起き上がって埃を払うと、極めて紳士的に劉備は孔明の寝台に近づいた。起こさないようにゆっくりと覆い被さると規則正しい吐息が頬を掠めた。思えばこんなに間近で孔明を見るのは初めてかもしれない。雪のように白い肌、すぅっと通った鼻梁、桃色の唇、優しい山並みを描く眉、人形のように長い睫毛、その下にはきらめく黒水晶のような輝く瞳が隠されている。

間近で存分に孔明を堪能したところで、遂に劉備は孔明の肌を唯一隠すその薄い寝巻きに手をかけた。


と、その時!

「丞相~~~~っ!!!」


けたたましい音とともに壊れんばかりの勢いで扉が開いた。
ハッとしてそちらを見やれば唖然とした顔で立ち尽くす茶髪の青年。同じく唖然としてしまった劉備に向かって、一瞬早く状況を理解した相手が先に動いた。

「く、曲者ーーーーーー!!!!」

闇の中で槍のきらめく先端が劉備を捉えた。切っ先が額を射抜こうとした瞬間、寸でのところで劉備は身体を捻ってそれをかわした。が、バランスを崩してしまい盛大な音をたてて頭から落下してしまった。
このままではまずいと劉備は素早く体勢を整えたが再び槍が飛んでくるよりも早く、夜目にもよくわかる白色のビームが飛来した。
「待て孔明っ!私とお前は魚と水の―――!!」
次の瞬間劉備は空を舞った。



至る、現在。孔明のビームにぶっ飛ばされた劉備はどうにか的驢馬の背中にいた。しかし状況はおもわしくない。何と自分がぶっ飛ばされてここまで戻ってくる間に孔明たちは早くも城を発ってしまったらしい。目指す夏口はそう遠くはない。早朝に発っているのならば既に夏口には着いてしまっているだろう。そうすれば、はや行くぞと言わんばかりに船を南蛮へ急がせるのは目に見えている。船にこっそり乗り込んで南蛮行きを狙っていた劉備には痛恨の極みである。

はたしてここから先、劉備は如何にして南蛮へ進むか。というか孔明のストーカーを続けられるのか。まァきっと続けるんだろうが、それは次回の話。


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