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第四話 月英 孔明に言い寄る男どもを返り討ちにし 司馬懿 後からやって来て得をする

 来る三月十四日。一月前の聖戦を終えた漢たちにまた新たな激闘の時が近づいていた。言わんでもないホワイトデー。バレンタインデーに、たとえ義理でもチョコを貰えた漢に与えられるお返しの機会。義理ならばそれは苦行以外の何でもないが、本命へのお返しならば話が違う。如何に他を圧倒する個性を出すか、如何に相手を喜ばせるか。そしてそれを完全に成し遂げた者こそがたった一人の勝者になれるのである。

 この日も孔明は朝も早くから仕事に精を出していた。全く変わりない日常、孔明の頭にはホワイトデーなんて単語はインプットされていない。資料を取りに書庫へ行った帰り道、ちょうどその回廊を折れた所から孔明はそのホワイトデーの欲望渦巻く中に呑み込まれていくのである。

「趙雲殿、」

曲がった先には孔明の知り合いの武人がいた。

「おはようございます、孔明殿。こんなに朝早くに私室にいないものですから、何処に行ったのかと思いましたよ」
朝日よりも爽やかな笑みを浮かべて趙雲は言った。それに対し孔明も柔らかな笑みを返した。
「ちょっと書庫まで探し物に…。趙雲殿の方こそ、こんな早くから何かご用ですか?」
その言葉に趙雲の瞳がきらりと光った。「今日は先日のチョコのお返しに参りました。」、


「それで、よろしければお仕事あがりにでも孔明殿のお好きな甘味所まで共に食べに行きませんか?」


勿論私の奢りで。という趙雲の誘いに、孔明は嬉しく思いながらも「あそこの甘味は結構値が張ってますから、遠慮いたします」とやんわり断った。何と言っても友チョコ(200円)のお返しに一級菓子を奢ってもらうというのも変な話であると孔明は思ったからだ。しかしそれでも趙雲は諦めない。お金はちゃんと下ろしてきました、とか私の気持ちですとか言って、どうしても退こうとしない。
いやむしろ退いてたまるかと言ったところ。実は趙雲、甘い物が苦手である。食べろと強く言われない限り極力食べない。食べようともしない。
 しかし今日自ら孔明を甘味所に誘おうというのは今日この日に何としても孔明と一歩進んだ関係になりたいがため。孔明への愛があれば砂糖の1斤2斤、食べきってみせようという心意気である。
趙雲の熱い説得に孔明が頬を染めはにかみながら諾と返事を返そうとした瞬間、そこに割って入る者が現れた。



「食べ物で孔明をつろうだなんて。幼稚な発想だな、趙雲」


 両手に溢れんばかりの赤い薔薇の花束を抱え二人の間に割って入り、全ての注目を集めた男こそ、周瑜公瑾その人である。周瑜は趙雲を遮るように孔明の前に立ち「バレンタインのお返しだよ」と花束を手渡した。そしてさらに孔明の雪のように白い頬に手を添えると「知ってるかい?赤い薔薇の花言葉は熱烈な恋なんだよ」と熱っぽく呟いてきた。
対する孔明はこの期の及んでも周瑜の意図するところが分からず、「そうなのですか?バラの花言葉なんて初めて知りました」と見当違いな返事しかしない(嗚呼、天然)。

 しかしここで割って入られた趙雲も黙っていない、周瑜を孔明から引き剥がすと今度は自分が周瑜と孔明の間に割って入った。もう割って入られないように孔明の肩を抱き腰を寄せ思いきり密着体勢をとった。
「孔明殿、私との件は承諾していただけるのでしょうか?」
「え?あ、甘味所の件ですね?」
 孔明が返事を言いかねているとそこへ今度は周瑜が「孔明、それは罠だ!こういう人の良さそうな顔をしている奴こそ腹の内ではえげつないことを考えてたりするんだ!」と必死に食い下がってくる。


と、そこにもうひとり赤い影が忍び寄って、孔明と趙雲を引きさこうとしていた周瑜を何の躊躇いもなくぶん殴った。


「せっかくのホワイトデーに諸葛亮先生を独り占めなんて、いただけませんね」

「り、‥陸遜殿!」


 孔明が息を飲むような声をあげた。というのは過去の強烈すぎるトラウマが未だに孔明の脳裏に鮮明に残っている故。
陸遜はその細腕のどこからでたのか信じられないような力で趙雲を孔明からひっぺがした。そして怯える孔明に向き直って笑顔でハートを振り撒きながら本日の来意を告げた。
「バレンタインのお返しに来ました。」
お返しは何がイイかと思ったのですがやはり基本は自分が貰って嬉しいものかと思いまして。と、陸遜はごそごそとポケット(どこにあるんだ?)を探ると銀に輝く小さなものの束を取り出した。


「私の邸の鍵です。」


正確に言いますとコレが自宅の鍵でコレが城の私室でコレが‥‥。と全ての鍵が何処の鍵かを説明した。そして「諸葛亮先生はもう自分の邸と同じように使ってもらってかまいませんよ。私の不在時に掃除に上がってもイイし、」と、ここで陸遜は孔明の形の良い耳に口を寄せ、ひそめ声で熱っぽく呟いて曰く、



「夜、閨で私を待っていてもイイのですよ」



と。それを聞いて孔明はびくりと背を震わし、恐ろしさから知らぬうちに瞳にじんわり涙を溜めた。それを見止めた陸遜は何を思ったか「泣くほど喜んでいただけるなんて、贈った甲斐がありました!」と全力で孔明をハグしようとした。
が、それは趙雲と周瑜のダブルパンチによるダブル反撃により成功し得なかった。
それによって陸遜はまたあえなく気絶するに至ったのであった。


「嬉し泣きと恐怖の涙もわからないのか」


と趙雲が眉間に皺を寄せて怒れば、周瑜も頭にでっかいたんこぶをつけながら「孔明の邸の鍵は貴様なんかには渡さんぞ」と言う。
こうして悪者を打ち破った二人は孔明に大手を広げ「怖かったでしょう(だろう)、もう安心ですよ(だろ)さぁ私の胸に飛び込んで下さい(おいで)」というポーズをとった。それを見て孔明も目じりをうるませながら二人の方へと駆け寄った。二人は自分の所に来るように、ただそれだけを祈って腕を広げた。孔明はちょうど二人の中間の直線上を此方に向かってくる。さぁ私の元へ‥!と、二人が思った次の瞬間、


孔明は二人の間をするりと通り抜けた。


「我が君っ!」


 二人の間を突っ切った孔明は二人の少し後ろにいた君主の胸に飛び込んだ。まさかの展開に趙雲も周瑜も驚いたというか唖然。しかし二人よりも驚いたのは当の曹丕である。彼もまたお返しをするのに孔明を探していたところが、見つかった矢先よもや熱烈な抱擁を受けるとは思いもよらなかったようで、常が冷静な曹丕もつい頬を熱くした。
 薄い肩に手を回し宥めるように背を擦りながら「どうした孔明?あの二人に何か不埒な事でもされたか?」と優しく語りかけた。しかしそれと同時に射殺すような黒い視線(「左遷するぞ左遷するぞ」という視線)を趙雲と周瑜に送ることも忘れなかった。二人は必死に足元を指差しながら「違う違うコイツコイツ!」というアピールを送った。
曹丕が足元に視線を落とすと床で完全に伸びている陸遜が目に入り「またコイツか」と怒りの炎(「左遷してやる」という炎)を燃え上がらせた。
 しかしとりあえず陸遜のことは放っておいて、第一に孔明である。何と言っても曹丕もホワイトデーお返し合戦(※ホワイトデーも戦いです)の参加者の一人であるからだ。
孔明を宥め、落ち着かせると曹丕はバレンタインのお返しについて口に出した。
「そんな。我が君からのお返しだなんて、私ごときがいただくことはできません」
「そう堅いことを言うな。どうせ遊びの行事だ、私からのお返しも貰ってもらおう」


 その後ももうしばらく問答は続いたが(※この時、趙雲と周瑜が孔明に味方したのは言うまでもない)、曹丕のかたくなな態度に遂に孔明も折れると曹丕は意気揚々に、手をわきわきと怪しげに動かしながら答えた。



「私からのお返しは、マッサージだ」

「‥‥‥は?」

「最近疲れがとれないとよく言っているだろう?プロマッサージ師の資格を持つこの私がその疲れをとってやろう」


((これは罠だ!!!))


 二人の男はそう確信した。これはマッサージにかこつけて孔明のあんな所やこんな所をお触りし、挙句には「一番気持ちイイコースです」とか何とか言って熱い棒でマッサージするパターンだ!!と。
何としても阻止せねばと思いつつもあられもない孔明の姿を妄想したら、ちょっと大変なことになりかかってしまった趙雲が声を上げるよりも先にマッサージ反対の意見が上がった。



「いけません我が君。君主たる者が臣下に身を挺して仕えるということがあってはなりません」



 孔明からなんとも正論な反対意見が上がった。しかし曹丕も孔明の素肌にお触りがしたいので、負けじと「では私はこの腕を持て余せというのか?」と反論するが「曹操殿や夏侯惇殿など我が君のご血縁の年長者になされば良いでしょう?」とあっさり切り返されてしまう。
説客モードになった孔明を論破するなんてことがこの君主にはできるわけ無く、曹丕は泣く泣くお触りを諦めるしかなかった。では代わりのお返しを考えねばと思うと、孔明が好きなちょっとお値段お高めの甘味所を思い出し、そこに食べに行かないかと提案した。
「それでしたら趙雲殿が‥」
と孔明が言いかけたその時、横合いから割って入れる者が現れた。



「こんな所にいたのか、孔明」



 さっと孔明を拐ったその男こそバレンタインの時イイ思いをした馬超である。
チョコのお返しに来たと率直に告げた馬超は周りにいる四人(陸遜も復活した)なんかお構い無しに、腕の中に収まっている孔明の白い頬に口づけを一つ贈った。



「「「「あーーーーー!!!!!」」」」



 あっという間の出来事に孔明は顔を真っ赤にして呆然、他四名は城の外にも響きそうな悲痛な大絶叫をした。
「馬超‥お前って男は何でもやらかすな‥!」
「?やらかしたって何をだ?」
「貴様、あそこは聖域だぞ!なんてことをしでかすんだ!!」
「ならお前も花を贈るなんてまどろっこいことせず最初からこうすれば良かっただろう?」
「馬超殿!純真な諸葛亮先生になんて破廉恥なことをするんですか?!」
「孔明を押し倒した貴様に言われる筋合いは無いな」
「馬超‥‥左遷させるぞ?」
「ん?なら俺にサシで勝ってからにしてもらおうか?」


 五人が群雄割拠してやいのやいのやってるとそこに一人の強大な、新たな漢が現れた。



「貴方がた、人の通り道で一体何をやっておられるのですか?」


たった一声でこの現状を治めた者こそ、黄髪醜女は世を忍ぶ仮の姿、漢の中の漢、何を隠そう孔明の夫(つま)、月英である。


「月英!」

「さぁ此方へ、孔明様」

孔明をその庇護下に置くと月英は言った。


「私室にいらっしゃらなかったので書庫かと思いましたが、まさか途中でこんな虫にたかられているとは思いもよりませんでした」


お茶の用意が出来ています。さぁ参りましょう。と孔明の腰に手を回しエスコートするように月英は孔明以外の周りなどまるきり無視し、孔明を誘った。

 虫呼ばわりされた納得のいかない男達は孔明を取り返そうとするものの、月英の鬼をも思わせるようなひと睨みに不本意ながら近付くこともできなかった。



 その後、孔明の私室で二人が仲良くお茶していると、軽く扉をノックする音が聞こえてきた。
入ってきたのは司馬懿である。孔明しかいないだろうと思っていたのに月英を見つけてしまった瞬間思わず「げっ!」という顔をしてしまった(司馬懿を見て月英の機嫌もお花畑が一気に不毛地帯になったのは言うまでもない)。
「‥‥バレンタインの礼を持ってきた」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと司馬懿は孔明に持っていた箱を押し付けた。上質な桐の箱には深い緑がかった石を削って作られた硯が入っていた。装飾として繊細に作られた龍が硯から此方を見ている。


「硯が欲しいと言っていただろう?」


私の使わん古い物をやる。精々大事に使え。と司馬懿は言った。
しかしそれは明らかに孔明が以前市で見かけたもので、しかも結構値が張るものであった。
素直に言ってくれない司馬懿に孔明は小さく笑みを溢した。


「‥‥ありがとうございます」


柔らかな孔明の微笑みに照れた司馬懿は頬を染めた。
「司馬懿殿も、一緒にお茶でもいかがですか?」
孔明からの願ってもない申し出だったが近くに番犬のような月英がいるのを見てとるとつい逃げ腰になってしまう。
が、思いもよらぬ声が上がった。
「司馬懿殿、どうぞ孔明様の相手をしてあげて下さい。私はちょっと用事を思い出しました」
そういうと月英は茶を飲み干し、室の扉の近くで立ち尽くす司馬懿へと近づいた。そして耳元でひとつ、



「手を出したら‥‥わかっていますね?」



背筋が凍り付くようなどすの効いた声が耳に響いた。実際には孔明には聞こえないほどとても小さな声だったのに異様に大きな声に聞こえた。
そして二人を残して室の扉は閉じられた。
「緑茶ですが良いですか?」
孔明の艶やかな声に我に反った司馬懿はあの悪夢は早く忘れ去るに越したことはないと、椅子に腰を下ろし、棚ぼたな茶会を楽しむことにした。


余談。

趙雲はその日の夜、孔明と甘味所に行くことができた。が、なぜか孔明の他に月英や曹丕などもくっついてきて帰る頃には趙雲の財布は素寒貧になってしまった。
でも孔明の可愛い笑顔が見れたから良かったかなぁと思ったのであった。



《終》


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