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瑜諸(厄病神パロ2)


「私がいれば嫌でも不幸になりますから、私が疫病神だっていうこともわかりますよ」
あの雨の日にひどく綺麗な人――孔明と出会ってから、はやくも二週間が過ぎた。孔明本人が言ったことではあるが、この人が疫病神だなんて正直未だに信じられない。だってこの二週間、不幸なことがあっただろうか。孔明と同居が決まったり、孔明の食器や家具や衣服を買いに行ったり、まるで幸せな恋人生活そのもの。むしろ夢のような二週間であった。あまりにも幸せなものだから思わず何度か孔明に頬を抓ってもらったくらいだ。しかし何とも幸いなことに抓られた頬は毎回しっかりとした痛みを覚えたのだから、また頬が緩まずにはいられない。
だが、それでも孔明は恋人ではない。いずれはそういう関係になれたら、と此方は思っているが難しいだろう。というのは孔明が、あの雨の中に茫然と立ち尽くしていたことと関係がある。あの日孔明は兄のように慕っていた男から愛の告白を受けたのだという。あまりにも突然のことにどうしたらいいかわからなくなってしまった孔明は家を飛び出してあの雨の中をとぼとぼとさ迷い、そして私と出会ったのだ。
そんな孔明に今すぐにこの想いを打ち明けるなんてこと、できるわけがない。今はこの気持ちは胸に閉まって、孔明の心が落ち着くのを支えることが、まず肝要だ。

「――――公瑾、公瑾。朝ですよ」
優しい揺れと耳に心地いい麗しい声で目が覚めた。見上げた先には手中の至宝――孔明。月神を思わせるような美しさを持つこの人がまさか疫病神だなんて未だに信じられない。くるり、と聡敏な瞳がこちらを覗き込んでくる。柔らかなウェーブのかかった黒髪に手を差し込むと、磁気のような白い頬が淡く朱に染まった。思わず本当の恋人のように錯覚してしまうほど可愛らしい反応だ。
「おはよう、孔明」
「おはようございます。朝ごはんできてますよ」
孔明は、同居を始めるとすぐ、自分も何かできることを手伝いたいと周瑜に告げてきた。そこで周瑜は、朝の弱い自分を起こしてくれるようにと、もう一つ、朝食を作って欲しいと頼んだのだ。それから毎日、孔明は甲斐甲斐しく温かな朝食を用意してくれる。薄い白磁の手が手際よく料理を作っている様を見ると、以前の同居人にも孔明は頻繁に料理を作ってやったのだろうかと少しだけ複雑な気持ちになる。
「今朝は公瑾の好きなオムレツですよ」
「そうか、それなら冷めないうちに早く行かないと」
そう言ってベッドから起き上がると、孔明はさっと部屋から出て行ってしまう。起きたらまず着替える、とすっかり覚えたようで邪魔にならないように出て行ってしまうのだ。さて早々、可愛い孔明に待ちぼうけを食らわせるのは可哀想なので急いでシャツに腕を通す。
一通り支度を済ませリビングへ向かうと、丁度孔明がエプロンを外しているところだった。エプロンなんて対外的な物は侘びしい一人暮らしを送っていた時は全く必要なかったのだが、一緒に暮らすようになってから色違いのお揃いの物を購入した。水色の爽やかな色が孔明によく似合っている。部屋の壁掛け時計を見ると時間はまだ七時。出社までなかなか余裕がある。今朝はゆっくり孔明と過ごせそうだ。
「いただきます」
色違いの箸に、お揃いのマグカップ。まるで世間一般の仲の良い恋人‥もしくは新婚さんのようだ。正直、こんなまやかしの関係でも胸が弾んでしまう。料理の感想で一喜一憂して、他愛の無い世間話をして。孔明が楽しそうに微笑むと、こちらも自然と頬が緩む。この幸せがいつまでも続いてくれたら、なんて夢見がちなことを考えてしまう。
食後にのんびりコーヒーを飲んでいる時、ふと視線が壁掛け時計に吸い寄せられた。つい今し方ちらりと目にした時計の針が、何となく進んでいないような気がする。
「…………。」
ちょっとした不安感から左腕にした腕時計に視線を落としてみる。壁掛け時計だと12を指していたはずの長針が、こちらでは180度反対の6を指し示していた。
「……………………。」
マズい遅刻だ!と叫んだ次の瞬間、勢いよく立ち上がったらそのまま膝を思い切り机にぶつけた。突然の大声と、膝への鈍痛で沈み込む自分を見て、孔明も眉尻を下げ困惑顔で此方の様子を窺ってくる。
「だ、大丈夫ですか?え?時計、止まってるんですか?」
「多分そうだと思う。…買ってから電池を替えた覚えがない」
ひとまず会社に向かわねば、と周瑜は膝の痛みが少し引いたところで鞄を掴み、玄関へと大慌てで駆け出した。その後ろをぱたぱたと可愛らしい足音を立てて孔明が追いかけてくる。
「公瑾が帰ってくるまでに時計の電池替えておきますね」
「うん。ありがとう、頼むよ」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
玄関を出る前にもう一度その白い相貌を見遣る。一抹の不安感に彩られた儚い表情をしている。もし恋人だったら、キスの一つでもするところだろう。しかし、今の二人の関係でキスなんてしようものなら間違いなく、二人の関係は破綻の一途を辿ることになるだろう。
替わりに周瑜は孔明の頭を2、3回くしゃくしゃっと撫でてから玄関を後にした。

パタン。と軽い音を立てて扉が閉まると、扉越しにばたばたとすごい足音が孔明の耳に届いてきた。
(……転ばないとイイですけど)
とは思ったものの足音は遠ざかり、周瑜が転んでしまったのかはさだがではない。しかし周瑜も出かけたことだし、と気を取り直して孔明は食器の片付けに向かった。しかしそこで、あるはずの無い物を見つけてしまった。
「あ」
テーブルの上に並ぶ二人分の白い食器の隣に、ちょこんと鎮座する赤い包み。孔明が作った、周瑜のお弁当である。今すぐ追いかければ間に合うだろうか、とも考えたが、周瑜の足が思いの外速いという事実を思い出してすぐに却下する。
しばらく、持ち主に忘れられた赤い包みをじっと見ていたが、ふとしたことが孔明の脳裏に閃いた。
「……よし」
そうするならば善は急げと孔明は食器洗いと洗濯物を手早く片付けることを決めた。のんびりして間に合わなかったらそれこそこの弁当が報われない。天気は快晴、絶好の洗濯日和である。

一方の周瑜はいつもよりも30分強遅れて会社に到着した。途中で転んだり事故渋滞が起きていりしたせいもあって、家を出た時点での遅れをとり戻すことはできなかった。
「どうしたんだ、周瑜?最近どこか妙だぞ?」
そう声をかけてくれるのは社長の孫堅。机を挟んだ向こうから父のような目が少し困ったように此方を見遣ってくる。孫呉商事に社長室は無い。皆で力を合わせて孫呉を盛り上げていこう!という社長の方針のため、社長の机もまた他の社員と同じ部屋にあるのだ。尤も、孫呉商事自体が家族のような集団であればこその配置なのかもしれない。しかしそのため、社長に叱責されるのも常に皆の前、ということになる。上司や、あまつさえ部下を含む皆の前で追い詰められるのは決して気分のいいものではない。が、逆にメリットもある。
「まぁまぁ親父。そんなに周瑜を怒ってやんないでくれよ」
と言って重い空気を一息に吹き飛ばしてくれたのは、周瑜の無二の親友であり孫呉商事の若社長である孫策。こういった割り込みがあるのが社長室が無いことの利点である。よし、孫策、日頃君が父君から叱咤されている時に助けてやってる恩を今返してくれ。
「実はな。周瑜の奴、遂にイイ人ができたみたいなんだぜ!」
親友の発言に思わず凍りついた。
そんな周瑜には気付かず、孫策の発言に途端にざわつきだすバック。周瑜殿に遂に恋人が?!音楽性が合わないと嫌だとか言ってたあの周瑜に!それは奇特な‥いや良心的な方もいたものですね、などと口々に好き勝手なことを言っている。口下手な周泰が一言、…おめでとうございます…と祝してきたのを聞いた時には流石に少し泣けてきた。
「孫策っ!それは言わない約束だったろう?」
軽く怒鳴ってはみれば、当の孫策は「あれ?そうだったけか?悪ィ!」とは言うも、全く反省の素振りは見せなかった。本人に悪気は微塵も無いのだろう。長い付き合いだが、こんな話を孫策にした自分が馬鹿だった。話すならせめてもう少し口の固そうな者を選べば良かったと今さらながら周瑜は心底後悔した。しかもそれを聞いた孫堅までもが「好いた者と少しでも長く過ごしたいのはわかるが、仕事を疎かにしてもらっては困るな」と、セリフとは裏腹になんとも微笑ましい目で自分を見てくる。自分に長らくイイ人がいないということは何故か会社を挙げての周知の事実であったが(おそらく孫策のせいだ)、まさかこんな思われ方をされていようとは…。何だか少し頭が重くなってくる周瑜であった。
その後も午前中はひとまず皆、仕事を手に付けるものの関心は一つのことしかなかった。恋の気になる年頃孫尚香が筆頭に、こそこそっとなれそめだとかどんな人なのかとか聞いてくる。勿論、それらの質問はみな軽く受け流した。すっかり周りは恋人だと勘違いしているようであるが、事実孔明は恋人ではない。そうなれたらいいとは思ってはいるが、共に過ごし始めて二週間。今のところの孔明を見るに、自分に対する恋愛感情は皆無のようだ。無理もない。以前共にいた人物から好意を告げられたことで、困って逃げ出してしまうような孔明だ。たかだか二週間ぽっちでその傷が癒えるとは思えない。もっと気長に構えて待つべきだろうな。と、そんなことを考えていたら昼を告げるメロディが天井のスピーカーから流れだした。その音を聞くや待っていましたとばかりに食堂へと飛び出す孫策と甘寧。その後を追うように凌統も続く。尚香や錬師もお弁当を持ちだして、受付けの大喬や小喬と合流しちょっとした女子の会合が開かれている。そんな光景を見つつ、さて自分も孔明が腕によりをかけて作った弁当を食べるかと鞄から赤い包みを出そうとした。そう、出そうとした。しかし鞄に入れた手は何故か目的の物を掴み取れない。いつもならすっと手に取れるはずの孔明の手作り弁当が…。
次の瞬間周瑜は鞄をひっくり返して中身を思い切り机の上にぶちまけた。どさどさと音を立てクリアファイルや書類が散乱してく。しかしどれほど見てもその中に赤い包みは見当たらなかった。
「……ど、どうかしたのでござるか?周瑜殿」
周瑜の突然の奇行にびっくりしたのか、斜め前のデスクで弁当を食べていた太史慈から声が上がった。
「…………弁当を忘れた」
答えた自分の声は我ながら驚くほど落胆の色を含んだものだった。折角孔明が作ってくれた弁当を…。

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