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とある夫婦の引越し(メゾン・ド・漢中/現パロ)

韓信の部屋の隣にある夫婦が引っ越してきました。





季節は冬。
冬は空気が澄んでいるものだ。この日も、目には見えぬ鳥の声がまるですぐそばでさえずっているのかと思うほどだった。
そんな冬の良き日、昼間から韓信は2DLKの小部屋を閉めきり前日来稼働したきりのエアコンの吐き出すもんもんとした暖気に囲まれパソコンに向かい合いもくもくと授業用のプリントを作っていた。
と、外で物音がした。
それも結構大きめな。
『すまねェ、兄ィ!』
『なぁに、気にすんな。割れ物は入ってねェからよ』
物音に続いて聞こえてきたのは泥臭そうな男たちの声。
――――そういえば隣に人が越してくるとか言ってたな…。
先週ふいにかかってきた大家からの電話を思い出した。
(家賃を滞納してるわけでもないのに何故?!)
と不安を感じながら受話器を取ったのを覚えている。
今日がその引越しの日か…と韓信は理解した。
業者と思われる今のふたりは先程の荷物を置くとカンカンと鉄製階段を軽快に音をたて降りていった。
そういえば隣に越してくるのは夫婦だと言っていたな……。
(まァ、引越しが済んだら挨拶があるだろう)
今夜の夕飯は蕎麦だなと思い、韓信は再び意識をパソコンに戻すと、カタカタとプリント作りに没頭した。


それから何時間過ぎただろう。空は橙に染まり、烏が巣へ帰ろうと鳴いている。荷物を運びこみ家具を全て配置し終わってようやく作業は終了したらしい。慌ただしさがなくなった。
ちなみにこのアパートは立地の割りに家賃が安い。その理由はこのように、壁が薄いため隣の部屋の音がほぼ丸聞こえだからだ。今だって無事にプリントを作り終え、スプリングのあまりきかないソファに座り安いインスタントコーヒーで人心地ついている韓信に、隣の夫婦が挨拶まわりに出ようと話している声が聞こえている。
韓信は初対面の人に会うため適当に衣服を整えるとインターホンが自分を呼ぶのを待った。
ほどなく、独特のピンポーンというかん高い電子音が部屋に響いた。
待ちかねた韓信は今日の夕飯を貰いに部屋の戸を開けた。


ドアの前にはえらく顎鬚が立派なガタイの良い、年の頃は30くらいの男が立っていた。正直カタギの人間には見えない――。
見た目に似合わず男はにこやかな表情で自己紹介をはじめた。
「はじめまして。今度隣に越してきた劉邦と言います」
驚いたことにこの声は昼間の引越し作業の際『兄ィ』と呼ばれていたあの声ではないか。業者ではなかったのか…と韓信が思っていると劉邦と名乗った男が後ろを促した。するとそこから目映い光が現れた。
――――いや、光ではなく人であった。ただあまりにも容貌が美しく、光輝いて見えたのだ。
ただ韓信は思った。
この光には見覚えがある。
「―――韓信くん?」
光はいぶかしそうに韓信にそう呼びかけた。
「張良先生…」
その人の名前を呼ぶと、その人は溢れんばかりの輝きをもって韓信を受け入れてくれた。
「嬉しいな、覚えていてくれたんだね。あれからもう6年かな?」
「私が高校2年の時だからそうですね…」
どう見ても初対面ではないふたりのやり取りを見て、劉邦が「なんだ、ふたりは知り合いだったのか?」と聞くと張良がその白皙に微笑を湛えて曰く、
「ええ、教育実習の時の教え子です」


―――今を遡ること6年前、むせぶ暑さの到来した、新緑がすっかり濃くなった頃。
むんむんとした熱気が教室に充満し始め、県立校では一向に冷えない空気をかき回すかつての卒業生が送った壊れかけの扇風機を恨めしそうに眺めている頃だろうが、韓信のいる私立校はそんなことはなくて、全教室にクーラー完備で地球温暖化なんかまったく関係ないようにキンキンに冷やしまくっている。
そんななか、ひとりの教育実習生がやってきた。
細身にダークスーツをキチッと着込んで、カラーは白の薄い青のワイシャツに紅色のネクタイを締めて姿勢正しく教室に入ってきた。
そのひとは男だったが、教室の女子の誰よりも綺麗で、教室の男子の誰よりもきりっとしていて、他の誰よりも輝いていた―――。
「皆さんはじめまして。張良といいます。今日から二週間、よろしくお願いします」

「あの後、採用試験にも受かって、ちゃんと先生になれたんだよ」
「先生が受からないわけありませんから」
「ふふ、韓信くん、随分お世辞が立派になったね。今は何をしてるの?」
「実は私も教職についたんですよ」
その言葉を聞いた張良は喜色満面な表情で、ひょっとしたら同僚になるかもね、とひどく嬉しそうに笑った。
「でもその前に今日からはお隣さんだね」
韓信はハッとした。そうだ、今日隣に引っ越してくるのは確か…―――。
「そういえば、そちらの‥劉邦さん、とは一体どういった関係なんですか…?」
戦々恐々おそるおそる、信じたくない一心で、韓信は張良に問いかけたが、出てきた声は先程までの明瞭ハキハキとしたものとはうってかわって、先週韓信に電話をかけてきた大家の皺枯れた声に負けず劣らないほどうらぶれた声だった。
しかし張良の声はそれとはまったく逆で嬉々として、先程韓信と喋っていた時より数倍は嬉しそうな顔で、横にいた劉邦の腕を取り、桃色の唇を開いて曰く、
「実は、この度めでたく結婚しまして‥私の夫です」
自ら腕を組む大胆さとは裏腹に恥ずかしそうにほんのり頬を赤くして瞳を伏せる様子が至極可愛らしいが、韓信としてはまったくそれど
ころではない。
初恋は実らないとか言うがまったくその通りであろう。初めてその言葉を口にした人に限りない賛辞の言葉を浴びせたい。
口ではおめでとうございますと言ったものの正直なところ韓信の精神は茫然自失・意気消沈、青菜に塩とはまさにこのこと、夕飯にするつもりの引越し蕎麦も首尾よく得られたが味気無いことこの上無し。
その上、夜にはやはりといったところか壁が薄いとは知らないとみえる隣の部屋から夫婦の睦言がばっちり聞こえてきた。夢にまでみた張良の喘ぎ声に韓信のムスコも反応せずにはいられず、その声をオカズに泣く泣く自ら慰めると、ティッシュを2、3枚耳に突っ込み耳栓代わりにして無理矢理眠った。その結果、翌朝見事に寝坊をしたのはまた別の話。

初恋とは実らないものだがまた忘れられないものである。





《終》



なんだか韓信がほんのり可哀想ですが、これがうちの韓信の宿命です。でもそのうちたまにイイコトあるかもしれないから、ね(何がねだ)
ビジュアルは横光を思い浮かべてもらえれば大丈夫です。
ちなみに学生時代の韓信は貧乏です。が、学校は私立です。実は学力特待で私立に通って学費を浮かしてるという設定があります。アイツ頭イイからね。

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